令和の子「考え抜くのは不得意」 子どもの好奇心が減った背景に、スマホが奪った《入り口のつまらなさに耐える力》
その結果、「興味があるものしか受け付けない」思考回路が、知らず知らずのうちに形作られていきます。
一見するとこれは合理的で、効率的な姿勢にも見えます。無駄な情報に時間をかけず、自分に必要な情報へすぐにアクセスできるという意味では、賢くなったとも言えるかもしれません。
これは裏を返せば、「自分の興味の外側にある世界に触れる機会」が、確実に減っているとも言えます。知らなかったことに出会い、最初はよくわからなかったものが、少しずつ理解できるようになる……こうした学びや発見のプロセスは、たいてい多少の退屈やつまずきを乗り越えた先にあります。
ところが今は、その「退屈の入り口」にすら立たないまま、「つまらなそうだからスキップする」「飽きたら次へ」という循環の中で、粘って理解しようとする姿勢が育ちにくくなっているのです。
学習だけでは済まない影響
この変化は、学習や探究活動だけにとどまらず、人間関係や仕事への向き合い方にも影響を及ぼす可能性があります。少しでも合わないと感じたらすぐ切り替える、違和感があれば即スキップする――そうした感覚が日常に染み込めば、粘り強さや忍耐力、そして「わかろうとする努力」そのものが薄れていってしまうかもしれません。
今の情報環境は、便利である一方で、「粘り強く考える力」や「好奇心の筋力」を静かに衰えさせている可能性があります。
だからこそ、あえてすぐに答えが出ない問いに向き合う時間や、少し退屈でも踏みとどまる経験の価値を、私たちはもう一度見直す必要があるのではないでしょうか。
子どもたちが「もう少し考えるから答えは言わないでほしい」と言える環境、そして「わからないけど面白そうだから、もう少し粘ってみよう」と思える余白を、意識的に作っていくことが、今こそ求められているのかもしれません。
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