「英語は若い人に」と逃げる上司、様子見の若手。日本企業を沈ませる「成長なき停滞」の残酷な末路

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アメリカでは、こうした知的フォーラムに集う人々の多くが自費かつ自分の意志で参加している。会社命令でも出張扱いでもなく、「個」として未来にアクセスする挑戦者たちだ。彼らは名刺の代わりに自分の理念を語り、1万ドルの参加費を「費用」ではなく、自分を再創造するための「投資」と捉える。

背景には、学びを「人生の資産」とみなし、キャリアを自分の手で築くという強い主体意識がある。学生時代から教育費を自ら負担することが当たり前で、成果を上げた者が報われるという文化が根づいているため、学びと報酬・自由は直結しているのだ。

学びを「資産」として積み上げた人だけが得る市場価値

一方、日本のビジネスパーソンに同じような機会を提示すると、返ってくる反応はまったく異なる。「受講料は会社持ちですよね?」「その日は当然、出勤扱いですよね?」といった質問が最初に挙がる。ここに、学びに対する決定的な発想の違いがある。

日本の多くの企業では、成果を上げる社員と最低限の仕事しかしない社員との間で、給料の差はせいぜい20%程度に収まっている。どれだけ売り上げに貢献する人も、会社にぶら下がっているだけの人も、同じように安定した給与が支給される仕組みのなかにいる。

だから、学びに対しても真剣さを欠き、「会社が負担してくれるなら」「勤務時間に入るなら」という発想に陥りやすい。リスクを避け、安定を守ることが「善」とされる文化がそれをさらに強化している。

一方、成果を出さなければ即座に評価が下がり、解雇すらありうる環境にいる人々は、学びをバランスシートでいう「資産」として捉えている。資産は未来の収益を生むもの。知識も経験も人脈も積み上げればキャリアの価値を押し上げ、将来のリターンを生み出す。一方、日本人の多くは学びを「費用」と考える。費用は消えてなくなるものだから、なるべく最小化しようとする。

この差が時間の経過と共に大きな開きをつくる。自己投資を資産として積み重ねた人は、5年後、10年後に圧倒的な市場価値を手にする。逆に学びを費用と見なし最小限にとどめた人は、気づけば競争力を失っている。

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