「英語は若い人に」と逃げる上司、様子見の若手。日本企業を沈ませる「成長なき停滞」の残酷な末路
しかも厄介なのは、この思考が個人のなかにとどまらず、組織全体で「集団的自己肯定」のバリアを形成していることだ。上層部同士で「それでいい」と暗黙に現状を肯定し合い、変化への圧力を遮断してしまう。その結果、若手や中堅が異を唱えても、「わかっていない」「生意気だ」と跳ね返される。若手や中堅は、それなら沈黙を選ぶほうが合理的だと判断する。
一方で、若手や中堅もまた受け身にとどまっている。一定のTOEICスコアをクリアしたら安心してそれ以上なにもしなくなる、海外研修に一度行けば十分だと思い込む。それらの根底にあるのは「会社が指示したことだけやっていればいい」という発想だ。結果として、本当に必要な「異文化のなかで柔軟に動く力」や「状況を自分ごと化する力」が育たない。
つまり、上層部は逃げ、若手は様子見をしている。この構造が、企業全体の進化を内側から鈍化させている。ピーター・ドラッカーは「企業カルチャーは戦略を朝食にする」と述べたといわれる。彼のいうように、どんなに優れた戦略を立てても、組織のカルチャーが変化に対応していなければ、戦略は現場で無力化されてしまうのだ。
Comfort without Growth(成長なき停滞)は、現状を守るために変化を先送りし、安心を合理化する集団的習慣だ。その心地よさは一時的な安心をもたらすが、長期的には競争力の低下と人材の萎縮を招く。一人ひとりが変化を自分ごととして引き受けないかぎり、企業は内側からじわじわと力を失っていく。
学びは費用か、資産か
次に、Growth through Discomfort(不確実性を通じた進化)について考えよう。世界的なプレゼンイベントであるTEDの講演は、スマートフォンがあれば無料でいくらでも視聴できる。通勤電車のなかでも、家のソファでも、TEDのアプリやYouTubeにアクセスしさえすれば世界の最先端の知見に触れられる。
それにもかかわらず、TEDの年次カンファレンス(のちに無料公開される講演に加え、現地でしか体験できない限定セッションが用意されている)に参加するために1万ドルを自腹で支払う人がいるのも事実だ。なぜ、高額な参加費を払ってまで足を運ぶのか。
それは、会場でしか味わえない熱気、第一線の登壇者や参加者との偶発的な出会い、そこで交わされる生の対話やネットワーキングなどが、未来の自分をつくる確かな投資対象だと考えられているからだ。


















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