1945年8月の終戦から3カ月が経ち、大蔵省で財政再建とインフレ抑制に向けた緊急対策の検討が始まった。蔵相の渋沢敬三は事務次官の山際正道(のち日本銀行総裁)と協議し、財産税の導入が避けられないとの認識で一致した。が、この構想がすぐさま朝日新聞に漏れてしまう。
11月9日付の同紙に掲載されたのはニューヨーク発の通信社電で、「権威ある筋から得た情報」として、①戦時利得を財閥から回収し、高率の所得税を過去にさかのぼって賦課する、②資本税を設定し、財閥資産に20%程度賦課する、③現在流通の円を廃止して新しい円に切り替えるといった策が採られるもようだと書かれていた。GHQ(連合国軍総司令部)経由で漏れたとみられる。
その翌日、今度は日本産業経済(現日本経済新聞)が大蔵事務次官の談話を掲載した。山際は新円発行は平価切り下げではないと断りながらも、「財産税施行上の技術として考えれば確かに1つの方法だ」と述べ、大筋で報道内容を認めてしまった。
情報は国民を驚かせ、今のうちに預金を下ろして税務署に探知されない宝石やその他物資に換えておこうという動きが広がっていく。日銀券の発行や銀行融資は急増し、インフレを加速した。
「絶対反対だった」 金融局は一貫して慎重
戦時利得を召し上げ富の再分配を図ろうという財産税の検討は、着々と進んでいた。だが大蔵省の金融局(のちの銀行局)は、終戦の日に「モラトリアム(預金の支払い猶予)は絶対にしない」という蔵相声明を出していた経緯もあり、新円切り替えや預金封鎖には一貫して慎重だった。
当時銀行課長だった河野通一(のち日銀副総裁)は、オーラルヒストリーで「実際の経済が解決されないのに大蔵省が先走っていくということでは絶対にいけないと思っておりました。(中略)むしろよほど慎重に考えなければならぬ」と話している(戦後財政史資料「通貨措置の諸問題」)。




















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