「自国の産業保護」が狙いではなかった…古代ギリシャが【関税】を重視した"現代国家とは異なる"事情

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古代エジプトには、大金脈があったために金を大量に採掘し、様々な宗教儀式や装飾、そして交易の支払いなどにふんだんに金を使いました。この金の美しさに、周辺諸国は魅了され、エジプトとの友好関係を築いたのではないかということです。

古代エジプトが採掘した金の量は、ファラオの墓の多くが略奪に遭ったために正確な数字はわかりませんが、想像を絶する天文学的な量だったと推測されます。

無名のために略奪を免れていたとされるツタンカーメン王のピラミッドにさえ、一国の財政を左右するほどの莫大な金が保管されていたことを見てもそれは明らかです。

その大量の金は、贈答品や輸入品の支払いによって、周辺国にもばら撒かれます。そうして「ゴールドの価値」が人類に認識されるようになったのです。

「オリーブオイル」にかけられた50%の高関税

古代から現代まで、その国の王や政府にとって、国を統治する上で一番面倒で大変な作業というのは、徴税なのです。税金が多すぎると民は不満を持ちますし、少ないと国家が維持できません。

また税金の掛け方が不公平になっても、民の不満の材料になりますし、徴収のやり方がまずければ、中間搾取が多くなり国の収入が枯渇します。古代エジプトは徴税システムが非常に優れており、それが安定した国家運営をもたらしたと思われるのです。

古代エジプトでは、書記(セシュ)といわれる官僚制度が発達していました。書記は、いろんな行政状況を記録するというのが仕事でしたが、実際には下級官僚として、行政全般の事務を行っていました。

書記はもちろん読み書きができました。当時は紙も発明されてない時代であり、文字の読み書きができるというのは、特殊能力でした。

この特殊能力を持つ人材というのは、当然、重宝されたのです。そして彼らは、徴税業務でも優秀な働きを見せていました。

古代エジプトでは、土地のほとんどが国有地とされ、国民はそれを借りて農業を営むという建前になっていました。また税制は細かく規定されており、農作物、事業の売上、奴隷の保有など、様々なものに税が課せられました。そして輸出入にも税が課せられていたと見られています。

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