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「地方民が憧れたサブカル誌」「ヴィレヴァンでよく見かけた」 "平成"をつぶさに記録してきた、伝説の雑誌『東京グラフィティ』その後の意外な姿

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  • 霜田 明寛 ライター/「チェリー」編集長
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「そこはとても怖い部分です。正直、SNSをやっているのに、バズることを恐れています(笑)。ただ、わかっていただきたいのは、どんなに世の中で“奇抜”とされている方でも、われわれは見せ物として晒しているのではなく、『いいよね!』と思って取材しているということです。

こだわりや世界観がある方を見つけて、リスペクトをもって話を聞いてきました。SNSにアップするときもその精神は同じです。なので、そういう文脈を読み取ってくださるととても嬉しいです……」

東京ひいては日本には、当たり前だがたくさんの人たちが生きていて、それぞれの人生に物語がある(写真:東京グラフィティ)

やっぱり「雑誌として復活」したい

今後は動画の制作も予定しているというが、目下最大の目標は「雑誌としての復活」だ。ただ、現在、編集部員は仲野さん1名のみ。『東京グラフィティ』という冠を引き継げたものの、潤沢な資金があるわけではない。現在は自宅をオフィスにしながら、1人で仕事をしている状況だ。

「僕は一世一代の決意ですが、元社長は『任せるぞ!』といった感じでもなく『自由にしていい』という雰囲気で、特にアドバイスはいただいていませんね。それでも、1番のファンとして、この貴重なカルチャーを残していきたいと思っています」

かつてのように『東京グラフィティ』のブランドやノウハウを生かしたパンフレット制作などを受注しながら制作資金を貯めていき、それを元手にふたたび紙の雑誌を制作したいと夢見ている。

決して“大スター”ではないかもしれないが、この東京で自分を持って生きてきた人々。『東京グラフィティ』の歴史は、そんな1人ひとりの生き様を記録してきた歴史でもある。その歴史を絶やさないために、仲野さんの小さくも大きな挑戦がいま始まっている。

写真は、2005年の秋葉原スナップ。仲野さんは今も街に出かけてはスナップを撮り続けている(写真:東京グラフィティ)

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