創部67年目で花園全国大会に初出場、「塾高じゃないほうの慶応」志木高ラグビー部が起こした"奇跡"の軌跡
そんな同校が、今回なぜ悲願の「埼玉県代表」の座を手にできたのか。竹井監督は「レギュラー陣がケガで離脱することなく、ベストメンバーをそろえることができた」と語る。だが、話を聞いてみると、ほかにも「必然」といえる要因があった。
戦術面では、決勝の川越東戦、7対12のビハインドで折り返した後半に象徴的なシーンがあった。モールで10メートル以上相手を押し込み、同点のトライにつなげた場面だ。実はここには「秘策」があった。
「夏場まではあえてモールを封印していたんです。部員たちには『試合で負けてもいいから』と、横に展開するラグビーに注力してもらいました」(竹井監督)
ラグビー経験者が集う強豪校と異なり、慶応志木ではほとんどの部員が入部して初めて楕円球に触れる。ハンドリング技術や走力が必要とされる展開プレーに比べ、モールは技術的な要求が少なく、練習の成果が出やすい。そのモールを磨くほうが、強豪校との経験の差を埋めるには「近道」なのだ。
それでも、夏場まではモールに頼らず、苦手な展開プレーの強化に努めた。その間の試合では大敗を喫することもあったが、結果を追い求めず、「どの場面でモールを使ったら効果的なのか」を部員たちに考えさせた。その成果が、決勝の舞台で発揮されたのだ。
週に1回、慶応大学に「出稽古」
もう1つの要因は、関東大学ラグビーの名門・慶応大学との連携強化だ。
9月以降、レギュラーの選手たちは毎週1回、日吉の慶応大学ラグビー部のグラウンドを訪ね、大学生や兄弟校・慶応高校との合同練習を積み重ねた。電車で片道1時間かかるが、竹井監督も必ず同行し、「出稽古」を見守った。
さらに、夏休みや冬休みの合宿には大学ラグビー部が選手をコーチとして派遣。合宿生活を共にしながら親身に指導に当たってくれた。高大一貫校ならではの「オール慶応」のバックアップが、伸びしろの大きい高校生たちの成長曲線を押し上げた。決勝戦には、大学や慶応高校の選手たちも応援に駆けつけた。
豪華な「臨時コーチ」の存在も大きい。縁あって、元ラグビー日本代表で東芝ブレイブルーパス監督も務めた冨岡鉄平氏が定期的に練習を見に来てくれる。同じく元日本代表の浅野良太氏、猪口拓氏も、息子が同校の現役部員ということもあって、時折グラウンドに顔を出す。桜のジャージに袖を通したラガーマンたちとの出会いも、彼らの戦術面やメンタル面に大きな刺激をもたらした。
「入学式の日、猪口さんが『息子がお世話になります』とあいさつに来てくれたんです。その場で『4月からコーチね!』とスカウトしました(笑)」(竹井監督)



















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