豊臣秀吉「信長を呼び捨てし、兄弟を処刑」 "人たらし"の虚像に隠した冷血な本性
伊達政宗が死に装束で秀吉に臨み、許された逸話を知っている人からすれば、「命を賭けてお願いすれば、秀吉は心を動かすのではないか」と思うかもしれません。しかし、このときの秀吉は違いました。尾藤が必死に「死ぬ覚悟で尽くします」と訴えても、「駄目だ、切腹せよ」と冷たく言い放ったのです。
そこに見えるのは、私たちが想像しがちな「人情味あふれる人たらしの秀吉」ではありません。本当の秀吉はむしろ冷徹な現実主義者だった。かつての同志をわざわざ遠ざけ、徹底的に見捨ててしまう。そこに、のし上がった秀吉の冷酷な一面が如実に表れています。
普通の感覚では理解しがたいものがありますが、こうしたタイプの人は、現代でも珍しくありません。たとえば、お笑い芸人のように、舞台やテレビで笑いを生み出す仕事についている人が、実は裏では一切笑わず、挨拶をしても無視するようなことは往々にしてあります。お笑いはあくまで仕事であって、本人は決して“陽気な人”ではない。
人たらしは計算づくの演技?
秀吉もまた、表では計算づくで“人たらし”を演じていたにすぎず、本性は情け容赦のない支配者だったのではないか。
そう考えると、彼が自分の兄弟や甥を殺したり、昔の部下を見捨てたりする行為も一貫しています。
秀吉にとって「自分にとってマイナスになる存在」は、たとえ血縁であろうと旧知の仲であろうと、ただの“リスク”にしかならない。天下を揺るがす要素になり得ると判断すれば、最も手っ取り早い排除方法である命を奪う方法を選んでしまう。
その冷酷さがあったからこそ、秀吉は権力の頂点に立つことができたのでしょう。
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