「べらぼう」の後はどうなる?「腐敗した幕府を立て直し」徳川家斉の尻拭いに追われた12代将軍・徳川家慶の憂鬱

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桜田門
(写真:MARODG / PIXTA)
NHK大河ドラマ「べらぼう」では、江戸のメディア王・蔦屋重三郎(つたや・じゅうざぶろう)を中心にして江戸時代中期に活躍した人物や、蔦重が手がけた出版物にスポットライトがあたっている。連載「江戸のプロデューサー蔦屋重三郎と町人文化の担い手たち」の第48回は、11代将軍の徳川家斉の後を継いだ12代将軍の徳川家慶について解説する。
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なかなか将軍職を手放さなかった徳川家斉

一体、いつまで将軍の座にしがみつくのか――。

将軍家の跡取りとして育てられながらも、父が将軍の座を手放さないため、なかなか出番が来ない。徳川家慶はさぞうんざりしていたことだろう。父とは、第11代将軍の徳川家斉のことである。

NHK大河ドラマ「べらぼう」では、10代将軍の徳川家治から11代将軍の徳川家斉への治世の移り変わりが描かれた。蔦重の死後、家斉の次男・家慶が12代将軍となるが、家斉は権力の座に固執し、そのことが幕政に悪影響を及ぼすこととなる。

家慶は家斉の側室、お楽の方(香琳院)が生んだ子で、幼名は敏次郎という。家慶が生まれた翌月に兄の竹千代が早世したため、次期将軍として育てられた。5歳で元服して「家慶」と名乗り、御三家や諸大名から拝謁を受けている。

さらに、11歳のときに、有栖川宮織仁親王の娘、楽宮(喬子)と縁組が決定。楽宮は家慶の2歳年下である。婚礼を上げたときは、家慶が17歳、楽宮が15歳だった。若き次期将軍候補として、着々と環境が整えられていったことがわかる。

だが、それにもかかわらず、父の家斉がなかなか将軍職を手放さない。ようやく正式に将軍宣下を受けたときに、家慶はもう45歳になっていた。父の家斉による治世は実に50年も続いた。

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