「べらぼう」の後はどうなる?「腐敗した幕府を立て直し」徳川家斉の尻拭いに追われた12代将軍・徳川家慶の憂鬱

✎ 1〜 ✎ 45 ✎ 46 ✎ 47 ✎ 48
著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

それでもいったんはしぶとく老中主座に返り咲くものの、再任期間は短くあえなく辞職。かつては、将軍の家慶との密談も頻繁に行われたが、復帰後は一度も行われていないことからも、失速ぶりは顕著であった。

若き老中の阿部正弘に幕政を担わせた

失脚した忠邦に代わって、家慶と密談するようになったのが、若き老中の阿部正弘である。

正弘は25歳で老中、27歳で老中首座を務めた若きホープだ。異例の若さで出世を果たすだけあり、諸大名や幕臣たちと協調的な人間関係を築くことに長けていた。

大御所である父の重しがあり、前半は思うような治世が行えなかった家慶。後半は水野忠邦と阿部正弘というタイプは異なるが、実務に長けた人材を老中に据えて、幕政を担わせることになった。

正弘が融和政策によって挙国一致して難局にあたろうとするなか、嘉永6(1853)年、アメリカから黒船を率いてペリーが来航。それからまもなくして、家慶は熱中症により、病床についている。

病床で家慶は、これまでの生涯を振り返ったことだろう。

父の尻拭いをさせられたうえに、諸外国からは開国を迫られるなど、散々な目に遭った家慶。それでも父の死後は、優秀な側近に改革を任せつつ、自身も将軍家の権威を回復すべくいろいろと手を打っており、決して自暴自棄にはならなかった。

江戸幕府の公式史である『徳川実紀』が天保14(1843)年に完成。献上された家慶は、徳川家の行く末を改めて見つめたのではないだろうか。

幕閣が黒船の対応に追われるなか、家慶は61歳でこの世を去ることとなった。

【参考文献】
松平春嶽著、角鹿尚計訳註『現代語訳 逸事史補』(福井県観光営業部ブランド営業課)
久住真也著『幕末の将軍』 (講談社)
北島正元著『水野忠邦』(吉川弘文館)
藤田覚著『水野忠邦―政治改革にかけた金権老中』(‎東洋経済新報社)
真山知幸著『なにかと人間くさい徳川将軍』(彩図社)

真山 知幸 著述家

著者をフォローすると、最新記事をメールでお知らせします。右上のボタンからフォローください。

まやま ともゆき / Tomoyuki Mayama

1979年、兵庫県生まれ。2002年、同志社大学法学部法律学科卒業。上京後、業界誌出版社の編集長を経て、2020年独立。偉人や歴史、名言などをテーマに執筆活動を行う。『ざんねんな偉人伝』シリーズ、『偉人名言迷言事典』など著作40冊以上。名古屋外国語大学現代国際学特殊講義(現・グローバルキャリア講義)、宮崎大学公開講座などでの講師活動やメディア出演も行う。最新刊は『大器晩成列伝 遅咲きの人生には共通点があった!』( ディスカヴァー・トゥエンティワン ) 、『ひょんな偉人ランキング ―たまげた日本史』(さくら舎)。「東洋経済オンラインアワード」で、2021年にニューウェーブ賞、2024年にロングランヒット賞受賞。
X: https://twitter.com/mayama3
公式ブログ: https://note.com/mayama3/

この著者の記事一覧はこちら
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

関連記事
トピックボードAD
ライフの人気記事