母と4歳で別離、左目を失明…朝ドラ「ばけばけ」で注目される小泉八雲の過酷な幼少期とは

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ひとりでさみしそうに手紙を書く少年
(写真:IrinaZharkova31 / PIXTA)
NHKの連続テレビ小説「ばけばけ」が新たにスタートした。明治時代の作家・小泉八雲(パトリック・ラフカディオ・ハーン)の妻・小泉セツをモデルにした物語である。ギリシャに生まれて、アイルランドで幼少時代を過ごしたラフカディオ・ハーンが日本に渡ったのは、40歳のとき。翌年に小泉セツと結婚し、46歳で日本国籍を取得。小泉八雲として第2の人生を送った。「耳なし芳一」などの『怪談』で知られる小泉八雲と、その妻の小泉セツは、どんな生涯を送ったのか。『大器晩成列伝 遅咲きの人生には共通点があった!』の著者で偉人研究家の真山知幸氏が解説する。
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ギリシャの島に生まれて4歳で母親と別離する

歴史に名を残す偉人のなかには、複雑な家庭環境の下で育った者が少なくない。「小泉八雲」として、『怪談』『知られぬ日本の面影』『骨董』などの作品を残したラフカディオ・ハーンもまた、過酷な幼少期を過ごした。

ラフカディオ・ハーンは1850年6月27日、イオニア海に浮かぶギリシャのレフカダ島で、アイルランド人の父チャールズ・ブッシュ・ハーンと、ギリシャ人の母ローザ・アントニウ・カシマチのもとに生まれた。

父のチャールズはイギリス軍医で、イオニア諸島最南端のキシラ島に駐在しているときに、ローザとの間に子どもをもうけた。ローザは地元の名士の娘で、親から結婚を反対されると、2人でレフカダ島へ。駈け落ち同然の結婚だったという。

ハーンと母のローザは、やがて父の実家があるアイルランドのダブリンへと身を寄せることになる。

だが、父がグレナダに駐在していたため、母は幼いハーンを抱えながら、言葉も文化も違う異国で孤独感にさいなまれた。精神的に疲弊したローザは、祖国への帰国を決意する。

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