「宿5280円」「バス3ドルで空港へ」 24年ぶりのハワイ《50代男ひとり旅》に出かけた"結果"・・・

著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小
米空軍の敷地内にあり週末のみ一般開放されるべロウズビーチ。美しいが空いている穴場だ(筆者撮影)
この記事の画像を見る(21枚)
10月に5日間の休みがとれ、行先を探していたところ、目に留まったのがホノルル。JAL系列のLCC、ZIPAIRがセールを行っており、成田から往復総額5万7835円だった。ここ数年のホノルル往復の最安値はこのくらいの金額で、これ以上安くなることはない。だが、当方50代で男一人。はたして、楽しめるのだろうか……。
前編:『ハワイに苦手意識もあったが・・・ LCC「ZIPAIR」でハワイへ《爆安往復5.7万円》のリアル、想定外の感想と落とし穴 50代男のひとり旅は楽しめるのか?

周辺ホテルを散策

朝食後は、周辺のホテルを散策する。まずはお隣のハレクラニへ。こちらは1泊13万円スタートでとても手が出ない。それでもオーキッズの朝食は48.5ドル。チップも込みで約9000円ほどだろうか。日本人のあからさまにゆとりがありそうなゲストが目立つ。

お次は反対側に隣接するロイヤルハワイアンへ。

1927年創業のロイヤルハワイアン(筆者撮影)

1927年にオープンしたスペインムーア様式の建築はその外装からピンクパレスとも呼ばれる。1901年開業のモアナサーフライダーもロイヤルハワイアンもシェラトンワイキキもマリオットの傘下にあるが、一時期はすべて小佐野賢治の国際興業系の企業が所有していた。全盛期にはワイキキのホテルの部屋の25%が彼の所有するものだったという。

ロイヤルハワイアン。海に面したパブリックスペースのアームチェアが心地よい(筆者撮影)

ロイヤルハワイアンとモアナサーフライダーの館内は博物館のように昔のものが展示してあるので、ほかのホテルに泊まっていてもぜひ訪れたい。なお、ロイヤルハワイアンは戦争中、米海軍に接収され、将校の宿泊施設や負傷兵の療養施設となった。西太平洋の前線への中継基地としてハワイは機能していたのである。戦時中リゾート需要が途絶えた分、軍が支えたという見方もできる。

1901年創業のモアナサーフライダー。2階のテラスは穴場だ(筆者撮影)

真珠湾攻撃後は、ワイキキビーチにも有刺鉄線が張り巡らされ、日本軍の上陸にそなえていた。真珠湾だけでなく、ワイキキビーチもまた、戦争の影響を強く受けていたのである。

次ページそもそもワイキキはどんな場所?
関連記事
トピックボードAD
ライフの人気記事