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ビッグになりたい「ダンボール女子」の野望 職人?アーティスト?パフォーマー?

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  • 塩野 誠 経営共創基盤(IGPI)共同経営者/マネージングディレクター JBIC IG Partners 代表取締役 CIO
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塩野: サイトで英語なしだとゼロになっちゃうんですが、下手でもなんでもちょっと英語があると取っ掛かりで見にきてくれるんですよ。ゼロが1番きついというのは海外ユーザーの皆さんはおっしゃっていて、ちょっとずつだけでも書いておけばOKです。

大野:じゃあこれからもちょっとずつ付けていきます。ほかにも、いろいろとアドバイスをしてください。

なぜアニメーションから造形へ?

ダンボール製、「ゴーストバスターズ」のプロトン・パック

塩野:しかし、アニメーションから造形へと移ったのはなぜですか。

大野:大学の時から造形のアルバイトをしはじめたんです。でかいアンパンマンを磨く仕事とかしていて。村上隆さんのところに短期アルバイトとして行ってみたこともありました。大学4年生のときには海洋堂でアルバイトをしました。

ダンボール戦車を作りはじめた時だったのですが、社長さんが戦車をすごく好きということで、なんとなくつながりができて、「仕事ないんやったらバイトしに来いよ」みたいな感じで、バイトに行かせてもらっていたんです。

塩野:ということは大学の時から、じゃあもうダンボールのほうの制作に入っていたんですか。

大野:はい。2年生の時に初めて作って、そこからなんとなく面白くなって、なんとなく作っていたんです。なんとなく、やめもしないまま今に至っています。

塩野:でも、作品を見るとなんとなくではないですよね。相当根を詰めないとこれは作れない。ふわふわできない感じがします。

大野:私は結構、ふわふわ作っているんですよ。なので戦車も、その道のプロから見ると全然違うみたいです。「ここは合っているけどここは間違っているよね」とよく怒られますので。

塩野:造形が好きということであれば、そのまま海洋堂で働く、という道もあったのでは?

大野:そういう道もあったと思います。実際、海洋堂さんからは「就職してもいいよ」というふうに言われました。でも私は「東京に行って、ビッグになって帰ってくるんだ」みたいな気持ちだけが先走ってしまって、東京に出てきました。

そして東京に来て、東京でも造形のアルバイトを探して、しばらくずっと造形のアルバイトをしていました。でも、その造形のアルバイトがあまりにも忙しくって。もう人が足りないぐらい仕事があるので、休む暇が無いんです。

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【アルバイトは大変だった】

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