「周囲がなんと言おうと、親を許す必要はない」過激な毒親の「呪いの首輪」に苦しみ続けた作家が、ひとつの"出会い"と試行錯誤の末に見つけた答え
「今までの人生を振り返ると、夫に出会う前はおおむね地獄でした」というように、アルテイシアさんの過去は波乱に満ちていた。
前編でもつづったが、彼女は仕事ばかりで家庭に無関心な父と、セレブ思考の強い専業主婦の母のもとで育った。両親の離婚後、歯車が一気に狂い出す。
毒親との絶縁後、“人生のどん底”を味わう
父と別れてから、アルコール依存症になり自我を忘れていく母と暮らすうち、「このままでは親か自分を殺してしまう」と思い詰め、18歳で家を脱出。翌年の1月に阪神・淡路大震災が発生し、がれきだらけの街で父に出くわした。
「なんやおまえ、生きとったんか」。被災した19歳の娘に向かって、父が投げかけた言葉だ。友人や知人には頼れず、助けを求められる身内もいない。それでも必死で生きていたのに、この人は娘が死のうがどうでもよかったのか──。父の言葉を聞いた瞬間、なんとか保っていた心がポッキリと折れ、お酒とセックスに溺れるようになった。
28歳で「セクハラ&パワハラのセ・パ両リーグ」のような広告会社を辞めて無職に。母には心配されるどころか有名企業に務めるエリートの娘であり続けることを望まれ、父には収入がないのに何度もお金を巻き上げられた。
「もう二度と毒親に苦しめられるのはごめんだ」
アルテイシアさんは一切の連絡手段を断ち、絶縁を果たした。だが当時はうつ状態だったため、転職活動もできない。しかし生きるためにはお金を稼がなければならず、フリーランスとして広告や広報の仕事をはじめた。「折れ線グラフでいうと、このときが底つき期間だったと思う」と当時を振り返る。
先が見えない不安でお酒に逃げていた29歳のある日、夫に出会った。



















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