美しいものは、なぜ美しいのか…「軽度認知障害」とともに生きる山本學が気づいた【観察の効能】
山本 「どう思う?」から始まって、「きれいです」「どうきれいなの?」と延々と続く。
僕はついに音を上げて、その質問の裏に正解があるならそういう聞き方をしてほしい、正解なんてないというのならとりあえず受け止めてほしい、そう反論して叱られてしまう。そんなことの繰り返しでした。
とはいえ、そういう抽象的な問答を繰り返したおかげで、「よく観察すること」「ものの見方にはいろいろな角度がある」ということが肌感覚で身についたんです。
朝田 だから、好奇心なり関心なりを人より強くお持ちなんですね。
「文化はものを見ることから始まるんだ」
山本 舞台やドラマで役を振られたとき、自分の考えで役柄を組み立てるということを僕はしません。
参考になるモデルが誰かいないか、一部分だけでも役に取り込める人がいないか、まず近くにいる人を観察するんですね。そして、これだという人を見つけると、その人の口ぶりや目線の配り方、表情などを役づくりに取り入れています。
だから、「見る」ということは、存在感や挙動の意味とか、その人そのものにまつわる大きな世界を同時に見ることなんだな、と気づいたわけです。
朝田 何かわからないことがあるときに、まず観察からスタートする。観察の角度をどれぐらい持つか、これは、実はとても大切なことなんです。
ある美術の先生から聞いた話ですが、日本人に太陽を描きなさいと言うと、みんな太陽を見もしないでマルを描く。星ならば、五芒星の一筆描きを「はい、星です」と持ってくる。
既存の一般的なイメージやステレオタイプを単に思い出して描いているだけで、実は対象を全然見ていない、観察していないというんですね。
山本 観察することから出発して、「文化はものを見ることから始まるんだ」と理解することが僕はできた。でも一般的には、みんなものをきちんと見ていないんですよ。
そして、そうやってよくあるイメージだけで会話が進んでも日常生活では問題ないので、観察にもとづいて深掘りした会話は少なくなっています。


















