慰安婦問題の「早期解決」は、なぜ困難なのか はっぱをかけるだけでは物事は進まない

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50年前の日韓国交正常化交渉では、こうした「請求権」問題をめぐって長年議論したが、あまりに複雑でらちが明かなかった。そこで、日韓両政府は、日本政府が3億ドルの無償援助と2億ドルの借款を供与することにより一括解決することで合意した経緯がある。

慰安婦問題は、国交正常化交渉が行われていた際には出てきていなかったので請求権協定の範囲外だとか、人道問題なので国家が請求権を消滅させられないなどという理由で「国家補償」を求める議論もある。だが、請求権問題は解決済みとする解釈について日本政府はゆるぎない自信を持っている。

請求権協定は、将来の事態を見越して「(請求権問題は)完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認し」「同協定の署名以前に生じた事由に基づくもの(注:請求権)に関しては、いかなる主張もすることができないものとする」と規定している(第2条)。これは慰安婦問題にも当てはまることが明確なので日本政府は法的解釈に自信を持てるのだ。

今後、日韓間で交渉を行うとすれば、この法的解釈の相違をいかに乗り越えていくかがどうしてもネックとなる。具体的には、韓国政府はあくまで「国家補償」にこだわるのか、それともそれ以外の方法で元慰安婦に対する日本政府の償いを受け入れるのかが問題となる。

もし韓国政府が、「国家補償」でない方式による解決に合意すれば、元慰安婦とその支持者たちから強い反発が起こる。それに憲法裁判所(大法院)も政府の姿勢に批判的な判断をするだろう。日本政府は以前、いわゆる「アジア女性基金」の設置を後押して償いを行ったが、それに反対する人たちは「国家補償」でないかぎり受け入れないという態度をとり、憲法裁判所(大法院)も政府に日本政府との交渉を促す判断を下している。したがって韓国政府も慰安婦問題は未解決と主張している。これが慰安婦問題の核心なのだ。

韓国政府だけが国内との関係で問題を抱えているのではない。日本側にも、理論的には同様の問題がありうる。また、国際的にも政府の合意を議会が拒否する例は何回も起こっている。古くは、国際連盟が創設された際、主たる提唱者である米国は議会の反対で参加しなかった。最近では、TPPにおいても同様の危険があり、政府間ではすでに合意が成立しているとしても、それを批准しない国がありうる。

ともかく、韓国政府が取りうる手段は非常に限られており、日本政府に対し「国家補償」を要求し続けている。しかし、それでは日本政府と何らかの合意を得る展望は開けてこない。これから行われようとしている「交渉」は妥結の展望が見えない交渉ではないかと思われる。

どのような打開策が考えられるか

このような状況を打開する方法はあるか。

一つの方法は国際仲裁にゆだねることだ。請求権協定には、「協定の解釈および実施に関する紛争は外交上の経路を通じて解決する」「それができない場合仲裁委員会に付託する」ことが明記されている(請求権協定第3条)。つまり請求権に関する解釈の違いは国際仲裁で解決するという方法が用意されているのだ。韓国政府はこの方法によることを拒否してきたが、公平な解決方法であり、考え直す余地はあるはずだ。

あくまで日韓間で解決を目指すならば、「国家補償」か、それ以外の方法かについて両国の首脳が直接判断するほかはない。朴大統領は「元慰安婦の女性が受け入れることができ、韓国の国民が納得できる解決案を示す」ことを日本側に求めているが、問題の核心に触れていない。朴大統領は一歩も二歩も踏み込んで問題の所在を認識し、そのうえで「国家補償」でなければならないかを判断する必要がある。

安倍首相にも課題がある。事務方に「早期の妥結をめざして交渉を加速させよ」とはっぱをかけるだけでは物事は進まない。「国家補償」ができるか否かについて朴大統領と正対して、ギリギリの議論をする覚悟と準備が必要だ。

美根 慶樹 平和外交研究所代表

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みね よしき / Yoshiki Mine

1943年生まれ。東京大学卒業。外務省入省。ハーバード大学修士号(地域研究)。防衛庁国際担当参事官、在ユーゴスラビア(現在はセルビアとモンテネグロに分かれている)特命全権大使、地球環境問題担当大使、在軍縮代表部特命全権大使、アフガニスタン支援調整担当大使、日朝国交正常化交渉日本政府代表を経て、東京大学教養学部非常勤講師、早稲田大学アジア研究機構客員教授、キヤノングローバル戦略研究所特別研究員などを歴任。

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