「青学のミスコンで優勝→アナウンサーの道を諦める」 元ミス青山の27歳彼女が見たミスコンの"意外な実態"

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田本さんの言う通り、現代のミスコンはSNSやライブ配信でのポイントが審査対象に含まれるなど、審査方式がかなり複雑化してきている。そして、その枠組みのなかで田本さんは懸命に努力し、見事グランプリを勝ち取った。

しかし、それはあくまでも“ミスコン”という枠組みのなかでの話だ。芸能界では、当然ながらそのような枠組みはない。

そのことを冷静に考えれば、田本さんの選択にはなんの違和感もないだろう。

田本詩織さん
芸能界への足がかりと思われがちなミスコン。しかし、ミスコンに出たことで、淡い憧れはなくなったのだった(筆者撮影)

では、一般企業への就職がスムーズに進んだかと言われれば、決してそうではなかった。

一般的な感覚では、「“ミス青山グランプリ”の肩書があれば就活なんて楽勝じゃないの?」と思われるだろう。しかし、ここで田本さんは意外な現実に直面した。

「業界によっては、『ミスコンに出た』って言うだけで『なんでウチに来たの?』ってネガティブなイメージを持たれることもあって……。ミスコンのエピソードが予想以上にガクチカに使いづらいことを知りました」

銀行や証券などのいわゆる“堅い業界”だと、どうしても「ミスコン=チャラチャラしている」というイメージを持たれてしまう。どれだけ「ミスコンでこういうことを頑張った」と話しても、「ミスコン」というレッテルを貼られてしまった以上、そのマイナスイメージを覆せずに落ちることは多かったという。

つまり、残念ながら田本さんの当初の目的であった「ミスコンを就活に活かす」という目的は果たせなかった。

厳しい見方をすれば、結果的に田本さんがミスコンに出た意味はなかったと言わざるを得ないのではないか……そんなふうにも思える。

ミスコンに出てわかったこと

しかし、田本さん自身は「ミスコンに出た意味はあった」とはっきり語る。

「ミスコンに出たことで、『自分がやりたくないこと』や『自分が嫌いなこと』がよくわかったんです。例えば、私は自分で着る服は自分で決めたい人間なんですけど、ミスコンに出ると自分の意思100%で服を選べないこともあったので、けっこうストレスだったんです」

子どもの頃から自分の芯を持っており、「嫌なことには嫌とハッキリ言う性格だった」という田本さん。

3歳からやっていたバレエでも、自分が気に入らない衣装を着ることが大嫌いで、その衣装で撮影された写真を家に飾られることすら許せなかったほどだ。

幼少期の様子
バレエに打ち込んでいた(写真:本人提供)
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