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昭和の写真が語る「大阪」変わったものと変わらないもの《水都・大阪の変貌と不変、1979〜1980年へタイムスリップ》、「大大阪時代」の名残も

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その1970年の大阪万博から約10年後、1979〜1980年の大阪の街の写真を今眺めると、結構レトロな景色に見える。当時はいまだ昭和時代。今から45年ほど前にもなるのだから、それも当然だ。

大阪市街地(1979年10月9日、東洋経済写真部撮影)

1980年の「キタ」の風景

大阪の街の2つの中心は、キタとミナミ。大阪初心者にとって、キタ=大阪駅、梅田、そしてミナミ=難波(ナンバ)だと理解するのが、大阪の街歩きの第一歩となるのだが、それぞれの街を訪ねると、その街の個性の違いをすぐに体感できる。

1980年のキタ、当時の国鉄大阪駅、阪急・阪神の梅田駅付近の風景を見ると、現在の超高層ビルの建ち並ぶ街とはあまりにかけ離れていて、まるで別の場所のようだ。

大阪駅(1979年10月9日、東洋経済写真部撮影)
手前に大阪駅、後方は大阪中央郵便局(1979年10月9日、東洋経済写真部撮影)
梅田の阪急百貨店(1979年10月9日、東洋経済写真部撮影)

この大阪駅周辺で大規模再開発が始まったのは1987年の国鉄の分割民営化後。駅北側にあった広大な貨物駅は段階的に再開発され、グランフロント、グラングリーンなどの「うめきた」地区へと変貌。

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