「日本の生産性が低いのは、労働者のせいなのか」業績は右肩上がりでも生産性が低い原因

日本は労働生産性が低い?
「日本は労働生産性が低い」と聞いたことがあるだろうか。わりと有名なようで日本悲観論の根拠に挙げられることもある。生産性は多義的な概念で、単純には生産量(アウトプット)を資源投入量(インプット)で、つまりパフォーマンスをコストで割ることで算出できる。保守本流のコスパである。
コスパと聞くと簡単そうだが、生産性の測定は多くの場合難しい。「パフォーマンス」と「コスト」が測定困難なケースが多いからである。たとえば人事や経理といった部署は何を成果として扱うのか一概に決められていない。「先進国クラブ」であるOECDの調査に基づくと日本の労働生産性は確かに低い。
労働時間当たりのGDPが2021年時点で47.3ドル。OECD平均53.6ドルを下回り、G7のなかで最低で、G7中で最大のアメリカの6割程度しかない。
だから日本はダメだという結論は短絡的すぎる。どうダメなのかがわからない限り何とも言えないはずだ。たとえば労働生産性は、字面から真っ先に想起される「労働者の働きぶりのクオリティ」を意味してはいないのである。
より正確には労働の質は構成要素のひとつであり、日本の労働の質は他国と比して特に低くない。労働生産性という言葉はミスリーディングで「労働者ががんばっていない」わけではないのである。
では何が低いのか。端的には企業による「組織への投資」が低いのだ。RIETI(独立行政法人経済産業研究所)の論文にも次の記述がある。
「日本における今後の成長を考える上で憂うべきなのは、企業の採用している技術がICT資産集約的でなかったり、R&D(筆者注:研究開発)資産集約的でなかったりすることではなく、そもそも企業が投資全般を行わないことであるように思われる」
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