少数政党並存政治の出現となった前回から約1年3カ月で再び衆議院総選挙が実施される。1月19日、高市早苗首相は記者会見で「23日解散、27日公示、2月8日投票」を正式に表明した。1月23日は通常国会召集日で、国会冒頭解散が確定した。
高市氏は戦後37人目の首相で、在任中の解散は20人目だ。就任から解散までの日数は、最短が石破茂首相の9日、次は岸田文雄首相の11日、3位は鳩山一郎首相の46日で、95日の高市首相は戦後7位のスピード解散である。
反対に解散が遅かった上位3人は小泉純一郎首相(898日)、佐藤栄作首相(779日)、2回目の安倍晋三首相(696日)で、いずれも長期政権を築いた。「解散・総選挙を急がない」が長期在任の隠れた条件では、と映るが、高市首相はなぜ解散を急いだのか。以下の2つの先例を知って「勝てる」と読んだのではないか。
過去の国会冒頭解散はすべて与党勝利
1つは、国会召集の冒頭解散だ。戦後、1966年の佐藤首相、86年の中曽根康弘首相、96年の橋本龍太郎首相、2017年の安倍首相の4例がある。総選挙はすべて与党の勝利だった。
もう1つ、1〜2月の衆院選も戦後4回あった。49年1月(芦田均首相)、55年2月(鳩山一郎首相)、67年1月(佐藤首相)、90年2月(海部俊樹首相)だ。49年は吉田茂総裁が率いる民主自由党の圧勝で政権獲得に成功した。以後の3回も含め、4例とも保守勢力の側が勝利している。
それ以上に首相をその気にさせたのは、就任直後の高水準の内閣支持率だったのは疑いない。25年10〜12月の調査(朝日新聞・読売新聞・共同通信)では、3カ月連続で64〜73%を記録した。
「新首相と国民のハネムーン100日」という通説がある。新首相誕生直後、お手並み拝見で模様眺めの民意は支持率調査で辛い採点を控える傾向があり、その期間は100日前後という見方だ。
高市内閣の高支持率も、ハネムーン期の一時的なご祝儀相場の表れとの指摘もある。結果的に的外れになる可能性もあるが、95日目の解散の決断には、100日以後は支持率下落も、という計算が働いたのかもしれない。
振り返れば、政治の風景が一変した端緒は1月9日夜の報道だった。読売新聞オンラインが「高市首相が衆院解散を検討」と報じた。
首相は5日後の14日、連立与党である自民党の鈴木俊一幹事長、日本維新の会の吉村洋文代表らと会談する。通常国会の早い段階で衆議院の解散を行う方針を伝えた。



















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