この事実は、どれほど教育環境の格差が広がったとしても、大学受験にはまだ「チャンス」が残されているという希望を示しています。エリートが集まる東大理3であっても、自らの努力と覚悟次第で道を切り拓くことができる……そんな「異端の天才」たちの存在もまた、大学受験という制度の可能性を物語っているのではないでしょうか。
今の時代だからこそ存在が際立つ“天才”
東大理3という超難関を突破するルートがかつてよりも「限定的」になっているのは事実です。けれども、誰もが同じ型に収まらなければならないわけではありません。むしろ今の時代だからこそ、「型にはまらない努力の天才」たちの存在が、より際立って見えてくるのかもしれません。
次の10年、その先の10年。理3を目指す学生たちは、どんな価値観を持ち、どんな道を選び、どんな社会に出ていくのでしょうか。今後も注目していきたいですね。
