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ライフ #商業施設で変わった街

「かつては造船工場があった場所」「世帯数が20年で81→4826まで激増」 豊洲を「タワマンとファミリーの街」に激変させた施設の“正体”

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  • 坪川 うた ライター・ショッピングセンター偏愛家
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「ららぽーと豊洲1」から海沿いの「春海橋公園」を歩いていくと、三井不動産が手がけたマンション「アーバンドックパークシティ豊洲」がある。ここでもいくつかのモニュメントを発見できた。

「春海橋公園」と左手にある「アーバンドックパークシティ豊洲」、その奥にある「ららぽーと豊洲」(筆者撮影)

「アーバンドックパークシティ豊洲」の反対側には、「ららぽーと豊洲1」とつながるようにして「豊洲公園」が隣接している。「豊洲公園」にもさまざまなモニュメントが置かれており、歴史が受け継がれている。

「ドック広場」を眺めながらの食事は格別

ランチを食べるべく「ららぽーと豊洲1」に戻り、3階のとあるレストランに入ったところ、目の前に「ドック広場」が見える席に通してもらえた。

「ドック広場」には、浅草行きの水上バス乗り場も設けられている。ちょうど水上バスの出発時間であったため船のような乗り物がやって来て、子連れファミリーなどが乗り込む様子が見られた。

「ららぽーと豊洲1」の3階から見える「ドック広場」(筆者撮影)

1階のフードコート「マリーナキッチン」の窓際の席でも、海を眺めながら食事を楽しめる。フードコート以外にも複数の飲食テナントが「ドック広場」に面しており、テラス席で談笑する人の姿も見られた。

「ドック広場」に面する飲食テナント(筆者撮影)

きっと夜は、レインボーブリッジやタワーマンションの夜景が特別な時間を演出してくれるのだろう。「ららぽーと豊洲1」は、「海」という資源を最大限に活用したつくりとなっている。

かつて造船工場があった豊洲は、「アーバンドック ららぽーと豊洲」によってファミリーや若者があふれる街に変貌した。江東区が発表している「江東区の世帯と人口(住民基本台帳による)」を見ると、「アーバンドック ららぽーと豊洲」が開業した2006年10月時点の豊洲2・3丁目の世帯数は、わずか81世帯であった。それがなんと2024年6月には、4,826世帯にまで増加している。

「ひと昔前は造船工場で働く人でにぎわっていたのか」と昔の風景に思いを馳せ、お腹も心も満たされる気分であった。

続く【後編】「埋め立てられたのは100年前」「昭和は造船工場だった」…。若い家族が選ぶタワマンタウン・豊洲で「ららぽーと」が果たした役割 では、豊洲が国内屈指のタワマンタウンへと変貌していった経緯を解説。その中で「ららぽーと豊洲」が果たした役割を、ショッピングセンター偏愛家の坪川うたさんが豊富な写真とともに、詳細に解説している。

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