"名作落ちゲー"はどうやって誕生したのか? 「テトリス」への憧れから「ぷよぷよ」が生まれた《キーワード反転》の発想術

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米光は『ぷよぷよ』MSX版・ファミコンディスク版を企画監督する。それ以降、シリーズ化され、大人気作品に。大連鎖したときに唱える呪文「ばよえーーん!」は、『大槻ケンヂのオールナイトニッポン』で、ゲストの伊集院光が『ぼよよんロックンロール』をオペラ風に唄ったとき「ぼよよん」が「ばよえん」と聞こえ、それを気に入ったのが由来(©SEGA)
累計販売本数は2700万本超、1990年代に一世を風靡し現在まで長く楽しまれている落ち物パズルゲームの名作『ぷよぷよ』を開発した、ゲームクリエイターの米光一成さん。同作以外にも、累計120万部超『はぁって言うゲーム』や、日本ボードゲーム大賞2024・投票部門大賞の『あいうえバトル』を手がけてきた。「面白さ」で日本中を動かしてきたゲーム作家は、どんな発想で商品を作ってきたのか。米光さんの著書『ゲーム作家の全思考』から一部を抜粋・再構成して、前後編に分けて紹介する。
後編:中身は「パーの見方」で、タイトルは「バカの見方」で! "ぷよぷよの父"が見つけた《売れる商品》の名付け方
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『テトリス』の衝撃

『テトリス』である。衝撃を受けたのはクリエイターだけではなかった。経営陣もショックを受けていた。

他社よりすごいゲームにしなければ売れない! その「すごい」というのは規模であり、どうしても開発期間は伸びていくものだと考えられていた。だから上手くスケジューリングし、管理しなければならない。

と思い込んでいたところに、ミニマムなゲームである『テトリス』の大ヒットだ。

「これでいいのか!?」

これでいいのならば何の苦労もない。短い期間で、ざくっとつくって、リリースすればいい。こんなものなら数週間でできる。どんどん新作を出して、どんどん売っていこう。だが、そう甘くはなかった。

読者投稿のゲームをアレンジした落ちものパズルゲーム『ゴルビーのパイプライン大作戦』は、けっこう面白いゲームだったがコケた。

つづいて制作に入ったのが『どーみのす』だ。新人ディレクターが担当した。迷走した。おもしろくならないのだ。落ちものパズルゲームをつくるのは簡単だが、『テトリス』のようにハマるゲームをつくるのは容易ではなかった。

次ページちゃんと整っているのにおもしろくない…
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