ここでは、エネルギーの時間という根本的な問題は少しも変わっていない。
ロシアの戦争によって解き放たれた変革的な力のなかには、低炭素エネルギーの未来にとって必要となるような画期的な技術革新は一つもなかった。
エネルギーは政治秩序崩壊をもたらす「主要通貨」
一方、2021年のチャイナ・ガスショック〔訳注 中国で天然ガスの需要・輸入が急増したことによるガス価格の高騰〕に追い打ちをかけるように、ロシアの戦争が引き起こしたエネルギー貿易の混乱は、当面のエネルギーをどうするかという別の問題を深刻化させた。
2022年の危機は、ヨーロッパの政治家にとって、過去の地政学時代に形成された消費への期待を抑えることや、非西側世界の多くの国や地域に暮らす人びとが直面するエネルギーの貧困に向き合うことを自国民に求めることが、政治的にいかに困難であるかを明らかにした。
ロシアの戦争がエネルギーをめぐる従来の民主主義的苦境に変化を与えたとすれば、その背景には、エネルギーの豊かさを前提とした政治において、将来のエネルギー不足の恐怖を広めるなどして、エネルギー意識を高めたことが挙げられる。西側諸国では、権力層のエネルギー意識は高かったが、市民たちの意識は低かった。
しかし、ウクライナ・ロシア戦争を機に、市民は自分たちの物質的な願望や恐怖を、エネルギーの需要や不安といったかたちでより深く理解するようになった。
彼らの理解が深まったのは、総じて西側民主主義諸国が(2023年3月の新たな銀行危機への介入を抜きにしても)、2007~08年の金融危機による打撃からまだ立ち直っていないときであり、フランスで暴力的な街頭抗議行動が不満表明の根強い特徴となっていたときである。
基本的には、エネルギー意識が向上すれば、2050年までのエネルギー革命の実現というヨーロッパが当初掲げた構想〔訳注 2050年までにEU域内の温室効果ガス排出をゼロにするという「欧州グリーンディール」〕の背後にあるテクノクラート的論理を緩和することができる。
しかしそれはむしろ、気候変動に立ち向かうことで誰もが利益を享受できるようになる一方、個人輸送の電化と化石燃料価格の高騰によって常に不平等が生じるという矛盾をあぶり出すことで、西側民主主義諸国を貴族主義の過剰に深く陥らせる可能性が高い。
そのような未来において、エネルギーは、21世紀最初の20年間のように、政治秩序の崩壊を発生させる地下資源ではなく、政治秩序の崩壊を波及させる主要通貨のごときものとなるであろう。
(訳:寺下滝郎)
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