「平和を望むのか、それともエアコンをつけたいのか」 エネルギーが国際秩序の崩壊をもたらす「主要通貨」となる

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バイデン政権はロシアの戦争を「民主主義対専制主義」の構図に当てはめ、米欧間の産業競争においてヨーロッパ企業が天然ガス供給危機の影響ですでに足腰が弱っていた時期に、中国への対応をめぐってヨーロッパ各国政府を苛立たせた。

このエネルギー問題によって、世界最大の化学メーカーであるドイツのBASFは、2022年10月、ヨーロッパにおける「恒久的な」人員削減を「可及的速やかに」実施すると発表した。

しかしながら、BASFがドイツの主要事業所と同規模の代替工場を中国に建設する場合、ドイツ企業もドイツ政府も、中国との貿易においてワシントンからどこまで自主性を保つことができるかが試されることとなる。米中関係が改善しないかぎり、中国がこの弱点を認識することは、北京をして米欧を離間の計にはめようとする気にさせることにしかならない。

シェールブームから始まった米欧の経済的乖離

ここにきて、エネルギー革命をめざす動きが、またしてもヨーロッパの苦境を悪化させている。

2022年8月、アメリカ連邦議会はインフレ抑制法を可決した。この気候変動対策の枠組みを備えた法律は、低炭素技術・生産への資本投資を奨励している。その一環として、アメリカ企業やアメリカが自由貿易協定を結んでいる国の企業から製品を調達する企業にたいして報奨金を与えることとなっている。

現在のサプライチェーンを中国から切り離すことを明確な目的とするならば、EUもEU非加盟のヨーロッパ諸国もアメリカと自由貿易協定を結んでいない以上、このアプローチは将来的にヨーロッパ企業をサプライチェーンから締め出すことにもつながる。

欧州委員会は米財務省に宛てた書簡のなかで、「多角的貿易システムの価値が米欧双方の企業にとってかつてないほど重要な時期に、この法案は多角的貿易システムにとっての脅威となる」と警告している。

しかし、この主張は大西洋を挟む米欧の利害が一致することを前提としたもので、そのようなものはほとんど存在しない。それどころか、シェールブームから始まった米欧の経済的乖離は加速しているのである。

2022年12月、鉄鋼・アルミ追加関税事件をめぐり、世界貿易機関(WTO)がアメリカに不利な裁定を下すと〔訳注 WTOの紛争処理小委員会(パネル)は2022年12月9日、アメリカのトランプ前政権が鉄鋼・アルミ製品に課した追加関税はWTO協定違反であると結論づけた報告を公表し、提訴国である中国、ノルウェー、スイス、トルコの主張が認められた〕、バイデン政権は世界の多角的貿易機関は安全保障を脅かす地政学の新時代とは無縁であるとする声明を発表した。

対照的に、ヨーロッパ諸国の利害は中国のそれにより近いものがある。両者にとって、多角的貿易は、化石燃料エネルギーの輸入代金を支払い、時にはそれを奪い合うために必要な輸出収入を促進することで、依然としてエネルギー安全保障を守っているが、ドル高局面でこれを実現することは永久に困難となりつつある。

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