勤勉な日本人が「低い生産性」に甘んじてきた必然 『ホワイトカラー消滅』冨山和彦氏に聞く・後編

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――賃金の下方圧力には、グローバル産業が国際競争に劣後するから下げなければいけないという思い込みがあったと思います。今は日本のグローバル産業が競争力を持たなくなっていますが、これはなぜでしょうか?

ハードウェアの大量生産が求められていないからだ。実際、テレビを買うときにプレミアムのものを買うかというとそうではない。単なるディスプレーと見る人が多いだろう。

テレビ自体よりも、むしろAmazonプライムやYouTubeのプレミアムに入っちゃおうかなという感覚で、お金を払う対象が変わった。もうテレビの製造を歯を食いしばって頑張ったって報われない。ハードからソフトへ。30年前に始まった新たなゲームが今後も続くだろう。

ゲームが変わったときにはその企業にとって必要な働き手も変わるから、終身雇用、年功制は厳しい。例えば、プレーする競技が野球からサッカーに変わるときに、チームに野球選手しかいなかったら負ける。

でも、これまでの日本企業は、今いるメンバーで、野球選手の力でサッカーに挑んでしまった。だから、グローバルなIT産業で惨敗した。違うゲームなのだから最初から無理があった。

例えて言うなら、「ソフトバンクホークスサッカー部」や「読売巨人軍サッカー部」を作り、若くて運動神経のいい野球選手にサッカーをやらせてきたようなものだ。ITはグローバル産業だから、いきなり欧州チャンピオンズリーグに行けというのと同じ。ピッチの向こうにはメッシがいる。バットとグローブは持たせてもらえない。

日本型経営はいったん99%否定したほうがいい

――日本型経営はかつて成功したものの、その成功の呪いから脱却するには時間がかかりそうですね。

長い時をかけていろんな仕組みが制度化されており、猛烈な経路依存性がある。教育、個人の生き方、社会保障制度、年金、退職の仕組みなど、全部経路ができてしまっている。野球だけでなくサッカーもブレイキンもやることになりましたと急に言われても、転換するのは相当大変だ。

アメリカでも、古い会社はほとんどIT革命に適応できなかった。スタートアップとM&Aでそれをカバーしたのだ。本来はそういうダイナミズムが必要だ。日本型経営は、申し訳ないけれど、いったん99%否定したほうがいいと思う。それでも半分ぐらいの企業は残るだろう。

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