インドでは「排泄行為」がとんでもなくカッコいい 日本人のようにコソコソトイレに行かない

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ヘタレ人類学者、沙漠をゆく
彼らのライフスタイルが見え始めてくると、それは極めて合理的な計算に基づいていることがわかってきた(写真:Hiroshi-N/PIXTA)
多様性の時代、文化人類学の必要性がだんだんに認知されるようになってきました。本稿では一人の人類学者が「自分壊し」の旅に出た顛末をつづった『ヘタレ人類学者、沙漠をゆく』より、インド人に感じたミニマリズムの矜持について解説します(一部抜粋・再構成しています)。

電気もガスもないのに暮らせるのか

それにしても、こんな熱砂の吹き荒れる荒涼とした大地に建つ、あまりにも粗末な泥造りの小屋で、どうして生活が成り立つんだろう。

僕にとって居をかまえることとは、電気と水道とガスを開通させることであり、家賃は安いか、駅に近いか、コンビニはあるか、スーパーはあるか、郵便局やATMが近いかなどと考えたりしながら、最適な場所を模索し続けることだと思っていた。

ところが、この家には本当に、モノがない。

周りにも、何もない。

当然、電気も水道もガスも通っていない。

家の中を覗くと、最小限のステンレス製の食器と、石を重ねて泥で固定した小さなかまどと、重ねられた毛布と、ジェラルミンの衣装ケースが数個据えられているだけで、家財道具と呼ばれるような大仰なものはほぼ見当たらない。

あたりまえだが、冷蔵庫も洗濯機も、ない。周りは隣家の一軒がかろうじて視界に入る程度で、見渡す限り荒漠とした大地なのだ。こんな簡素な装備で、人間って生活できるものなの⁉

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