石破首相は地方創生でなく地方止血をやるべきだ 政策当局者の「大局観」は完全に間違っている

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例えば、高等専門学校はそれぞれの地域に合わせた産業、領域にターゲットを絞ったものにし、今の機械、ロボットに偏ったものではなく、電気、化学・製薬・バイオ、IT、AI、農業およびバイオ、漁業、林業、医療、観光(と呼びたくないが、滞在型観光とでもしておこう)、その他サービス。高等専門学校という枠組みは素晴らしいから、これこそ拡大すべきだ。

そして、これにビジネス的スパイス、収益を増やすために、ビジネススクール、ロースクールからの出張講座、ビジネススクールキャンプのようなものを1カ月程度やればよい。それは、大都市のビジネススクールの教員が全国各地を回ればよい(詳細は2013年の拙著『成長戦略のまやかし』で提案している部分を参照してほしい)。

都会の外部コンサル不要、高等教育は地方国公立大に

ちょっと発想を変える訓練をすれば、有害な都会の外部コンサルはいらない。儲けるということに関しても、自分たちで考えることができるようになるはずだ。

地元で生活、仕事をしながら、いつでも学び、少しずつ学び、1年2年集中してプログラムに参加してもいい。高等専門学校、大学は地元のインフラとなる。だから、大学への補助金は、ほぼすべて地方国公立大学に集中させる。世界での最先端中の最先端の基礎研究の資金は地域にこだわらず、優秀な研究者のいる大学院に投下すべきだが、高等教育への投資は地方国公立に集中させることにより、地域のインフラとすべきである。

これらの政策は、健全な精神と意欲を持った人々が暮らす社会であれば、どの地域でも実現できる。ある意味、その地域、地元が力を合わせて頑張れば、国が必要な資金を最低限投入すれば、必ず実現できる。特定の成長産業や人気企業の誘致は、ごく一部の地域しか実現できないし、それで成功するところはさらに一部となる。そのような攻めの大局観が当てはまる地域はほとんどないし、そういう大局観が成り立つところは、何もしなくとも、その地域は既に自立(かつ自律)している。

このような地味な底力、地域社会全体の人的資本を長期に地道に積み上げていくしか、追い込まれた、崩壊寸前の劣勢の多くの地域には道はない。守り続け、立て直し、力をためるべき、という大局観が、今の地方社会への包括的な政策を考える上ではいちばん必要なことなのだ(本編はここで終了です。この後は競馬好きの筆者が競馬論や週末のレース予想を展開するコーナーです。あらかじめご了承ください)。

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