「わかりました、この昔話はとても終わりそうにないことだし、また人に聞かれない安心なところで話すことにしましょう。小侍従という人は、うっすらと覚えているところでは、私が五、六歳くらいになった頃でしょうか、急に胸を病んで亡くなったと聞いています。こうしてあなたと会うことがなければ、私は何も知らず、実の父を供養もしない重い罪を背負ったまま終わってしまうところでした」などと言う。
弁は、ちいさくいっしょに巻いてある女三の宮に渡せずじまいだった手紙の、かび臭いのが袋に縫い入れてあるものを、取り出して中将に渡す。
「あなたさまが処分なさってください。『私はもう生きていかれそうにない』とおっしゃって、このお手紙を取り集めて下げ渡されましたので、小侍従にまた会うことがあれば、その時かならず女三の宮さまに届けてもらおうと思っていたのです。けれどそれきりで別れてしまったのを、私ごとではありますが、どこまでも心残りで悲しく思います」
山の紅葉が散るより前に
中将はさりげなく受け取ったものを隠す。こうした老人は、問わず語りのようにして、珍しい不思議な話としてだれかに話したりしないだろうか、と不安に思う。返す返すも他言しないと弁の君が誓ったのだからそんなことはすまいが、とまたあれこれと思い悩む。
中将は粥(かゆ)や強飯(こわいい)などを食べる。昨日は休日だったが、今日は宮中の物忌(ものい)みも明けただろうし、冷泉院の女一の宮が病気なのでお見舞いにぜひ行かねばならず、あれこれと忙しくなるので、ここしばらく京で過ごしてから、山の紅葉が散るより前にまたこちらに伺いたいと八の宮に伝える。
「こうしてしばしばお立ち寄りいただきますあなたの光で、この山陰も、少し明るくなる心地です」と八の宮はお礼を言う。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら