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「ラヴィット!」への"モラハラ批判"が危ういワケ 「水ダウ」「ドッキリGP」も炎上…番組は不適切だったのか

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  • 木村 隆志 コラムニスト、人間関係コンサルタント、テレビ解説者
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これだけ個人の発信が増えた以上、テレビ番組に限らずエンタメ全般の関係者がそれを無視できなくなりました。だからこそ発信する人々は関係者を萎縮させすぎないために議論停止型の批判ではなく、「こうではないか」「こうしてみたらどうか」など対話型の問いかけをしてほしいのです。

また、「どうしても見たくない」という人が回避できる方法もコミュニケーションを取りながら考えていきたいところでしょう。

それらがうまくいけば「不快」「不適切」と感じる人がいるものは減りつつ、エンタメの多様性は守られ、質も上がっていくのではないでしょうか。

“身もフタもない”テロップは必要か

もしこの先も議論停止型の批判がテレビ番組に続くと、制作サイドは困り、悩み、疲れたあげく、やめざるを得ないという結論になっていくでしょう。その結果どこかで見たような無難な企画ばかりになり、多様性どころか表現の幅はどんどん狭くなってしまいます。

それは演芸、映画、演劇、出版、ゲームなどのエンタメ全般も同様。さらにこれまで批判の対象に入りづらかったネットコンテンツにもジワジワと広がっていく危うさを感じさせられます。

では具体的にどんな危うさがあるのか。よく「当事者や被害者への配慮」というフレーズを根拠に批判するコメントを見かけますが、それを書き込む人々は多少の無理があることに気づいていません。

たとえば、「両親やきょうだいを失った人に配慮して、家族のコントやドラマは作ってはいけない」のか。「病気などで体が不自由な人に配慮して、運動するシーンを映してはいけない」のか。「金銭に余裕がない人に配慮して、グルメや旅のロケは行うべきではない」のか。「容姿にコンプレックスを持つ人に配慮して、美男美女を出演させるべきではない」のか。「動物が苦手な人に配慮して、映してはいけない」のか。

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【時間がかかったとしても最適化に向かう】

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