文芸評論家・三宅香帆「自分の好き」を貫く生き方 人生の節目にはいつも「本」があった

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本はインターネットと違って必要な情報にダイレクトにリーチできません。本からは、知りたい情報の周辺にある知識や背景をも取り入れざるを得なくなる。

余裕があるときなら、周辺知識や背景は深く理解するうえの大切な情報ですが、仕事が忙しいと、背景を知るための情報が「ノイズ」のように感じてわずらわしくなってしまうんです。

このままでは、仕事も書評も中途半端になってしまう。そう思ったときにふと立ち止まり、「自分がやりたいことは何か」を考えました。

私は、一冊の本の書評を書くよりも、テーマを決めて知識を固め、時間をかけて書くことに向き合いたいなと。

当時の私は27歳で、30歳まであと3年。まだやり直しがきくかもしれない20代のうちにチャレンジしたいと思い、不安はありましたが、書評1本でやっていこうと会社を辞めました。

企業で働いた経験が生んだベストセラー

すぐに退社するなら、「大学院を辞めてそのまま書評家になればよかったのに」と思われるかもしれません。ただ、私にとって企業で働いた3年半は決して回り道ではありませんでした。

仕事で疲弊し、あれだけ好きだった読書が思うようにできなくなり、「労働と読書の関係性」というテーマに興味を持ったことで書けたのが、4月に出版した『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』です。

また、派遣社員の方の紹介業務に関わったときには、多くの方が派遣社員を自主的に選択しているわけではないことを知りました。人それぞれ事情は違いますが、不妊治療のため、子育てのためなど、何らかの理由で1日8時間、週5日の労働が難しく、派遣を選ばざるを得なかった方が多いのだなと。

対して日本はどこも人材不足で、正社員が減ってほしいなんて誰も思っていないはずなのに……。

派遣を選ばざるを得なかった方々の存在を知ったことで、「女性と労働」に対する問題意識を抱くようになりました。それも今回の本のテーマにつながっています。

本の中で私は、「半身(はんみ)で働く」という提案をしました。時間的な意味でも、精神的な意味でも「半身」でいることは大事だなと。仕事が自分のすべてにならないというか、たとえ失敗しても「仕事は仕事」と思えるくらいのほうが、続けていけるのではないかなと思っていて。そういう意味で、副業もそうですし、いろいろな居場所を持つことが大切なんです。

この提案に対して、「全身全霊で働く人を否定しているのではないか」という意見をたくさんいただきました。私にも全身全霊で働くタイミングはありましたし、働くことを否定したいわけではありません。ただ一方で、全身全霊がスタンダードである必要はないのかなと。

もっと働き方は、議論されたほうがいいと思うんです。私が提示したことが反響を呼び、現代の働き方に対する議論が深まるきっかけになればと思っています。今後も、テーマごとに区切った読書論も書いていきたいのですが、それだけでなく、同世代や若い女性に向けたエッセーなども書きたいです。

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