高橋留美子『1ポンドの福音』では、修道院の可憐なシスターをめぐって主人公の大食いボクサーと恋敵になるイタリア料理店のシェフ(実は料理が苦手)が、連日の料理特訓を経てパーティ料理に挑んだあげく、まっ白に燃えつきる。
マンガ史上最も数多く引用されたシーン
これらは言うまでもなく、『あしたのジョー』で無敵の世界王者相手の試合で完全燃焼した主人公・矢吹丈が、リング上で「まっ白に燃えつきる」ラストシーンを元ネタにしたパロディ(もしくはオマージュ)だ。あのラストシーンがマンガ史上に残る名場面であることは論をまたない。と同時に、マンガ史上最も数多くパロディ&オマージュとして引用されたシーンであることも、おそらく間違いない。
朝日新聞夕刊連載の4コマ、しりあがり寿『地球防衛家のヒトビト』では、2010年4月5~7日の3回連続で、新入社員が厳しかった就職戦線を思い起こして燃えつきてしまう。2019年にドラマ化された丹羽庭『トクサツガガガ』では、ジオラマ作品の個性について苦悩するモデラーが主人公の何げない一言でまっ白な灰になった。
ほかにも、作:大場つぐみ・画:小畑健『バクマン。』、しげの秀一『頭文字D』、のりつけ雅春『マイホームアフロ田中』、とよ田みのる『これ描いて死ね』など、同様のシーンが登場する事例は枚挙にいとまがない。筆者が現時点で把握しているだけでも60近くの作品で、いろんなキャラがまっ白に燃えつきている。
つまり、それだけ多くの漫画家が、あのシーンを「誰もが知るマンガの基礎教養」として頭の引き出しに入れているということだ。読者の側も(実際に読んだことがなくても)知識としては知っている。名作と呼ばれるマンガは数あれど、ひとつのイメージがここまで広く共有されている例は、ほかにあるまい。
もちろん、ちば作品がマンガ界に与えた影響は、そんなワンシーンにとどまらない。キャラクター造形、セリフ回し、背景描写、コマ割りや構図といったマンガ表現の根幹の部分を、ちば作品から学んだという作家は多い。
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