老婆が剃刀向ける「朝ドラ」寅子モデル抱いた葛藤 裁判官としてキャリアを積む中で苦しい思いも
「私は最高裁判所家庭局で家庭裁判所関係の仕事をしたことがあり、年齢的に見ても家庭裁判所裁判官にふさわしいということでその第一号に指名される可能性が十分にあった。先輩の私が家庭裁判所にいけばきっと次々と後輩の女性裁判官が家庭裁判所に送り込まれることになろう」
女性裁判官の進路に女性用が作られては大変だ――。
そんな思いから、「人間的に成熟するであろう、50歳前後まで家庭裁判所の裁判官は引き受けない」と、このときに決めたのだという。
嘉子はその決意通りに、13年余りの地方裁判所を経験してから、48歳にして家庭裁判所へと異動してきたことになる。
自分の行動がどのような影響を及ぼすのか。いかなるときも法曹界全体を見渡す、嘉子の視野の広さには驚かされるばかりだ。
裁判所で剃刀を向けられ落ち込んだ
順調に出世を重ねていく姿にばかり目がいきがちだが、裁判官としてキャリアを積むなかで、苦しい思いをしたこともある。
ある日、法廷を終えてトイレに入ると、洗面台で裁判の当事者だった老婆からいきなり剃刀の刃を向けられた。幸いにも、嘉子にけがはなく、駆けつけた警察官によって、犯人はただちに取り押さえられた。ひどく落ち込んだ嘉子は、裁判官の内藤頼博のもとを訪ねている。
裁判所のなかで、訴訟の関係者が興奮してあらぬ行動にでること自体は珍しくはない。内藤も初めは「とんだ災難に遭ったものだ」とただ同情して話を聴いていたが、嘉子が吐露した悩みはもっと深いものだった。内藤はのちに、このときの嘉子(文中では「和田さん」)の様子をこう振り返っている。
「その夜の和田さんは、真剣であった。相手を責めるのではない。当事者をそういう気持ちにさせた自分自身が、裁判官としての適格を欠くのではないかという、深刻な苦悩を訴えられたのである」
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