「メンタルを病む60代」「余裕ある60代」の決定差 人間関係に悩む中高年を救う空海の教えとは

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日本の「三筆」と言われる、もっとも優れた書の達人がいます。空海、嵯峨天皇、橘逸勢の3人です。その空海の書に「道(い)うことなかれ人の短(たん)、説くことなかれ己の長(ちょう)」(『崔子玉座右銘断簡』)があります。意味は「人の欠点をあげつらうな、自分の長所を自慢するな」というごく当たり前のことです。

もともとは、後漢時代の学者である崔子玉の座右の銘として伝えられているようです。中国の古代の学者が座右の銘にしたということは、はるか昔から人間というのは集まれば他人の悪口を言い、自分の自慢を言いたがる人が多くいたのでしょう。

人は悪口を言うことで「団結」する

ある役所の会計年度任用職員として働きはじめたTさんは、昼休みの休憩室でのランチタイムが憂うつでした。そこに集まるのは、自分と同じ非常勤の職員たちです。昼の休憩室ではお局(つぼね)様的な2人が、他の職員の悪口を言います。「あの職員は仕事ができない」「課長はなにも決められない」。はじめのうちTさんは、「そうなんだ」と素直に悪口を聞いていました。

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でも仕事をしているうちに「あんなに悪口を言うほど、悪い人ではないけど」と思うようになりました。昼休みは、職員の悪口を言うことで非常勤の団結を固める場なのでした。「あの人はダメだ」と言われ続けている職員の1人は、うつ状態で休みはじめました。

Tさんは中学時代を思い出しました。女子のリーダーが1人の女子の悪口を言いはじめ、仲間を増やしました。自分は悪口を言いたくないのに、リーダーの仲間のなかにいました。Tさんは悪口こそ言いませんが加担者だったのです。いじめられていた子は不登校になりました。

Tさんは当時を思い出して、昼休みに休憩室に行けなくなりました。吐き気がしてきたそうです。休憩室を避けて、自分のデスクで昼食を食べはじめました。そして起こったことは、Tさんへのいじめでした。Tさんも具合が悪くなり、会計年度任用職員を途中で辞めてしまったそうです。

人は悪口で団結することがあります。はるか昔から現在まで、悪口には人をまとめる絶大な力があります。しかし悪口でまとまる関係は発展性がありません。今の地位を守るため悪口を言っていても、いずれ人は離れていくでしょう。私たちも「道うことなかれ人の短、説くことなかれ己の長」を座右の銘にして、悪口は言わないようにしていきたいものです。

ただし、空海はこういうことも言っています。「短所は即ち長所である。長所は即ち短所である」「ひとには短所も長所もない。一切は空(くう)である」(『秘蔵宝鑰』)。悪口を言わないという戒めの先に、人を一面で見ずに多面的に見ること、レッテルを貼らないということを考えたのだと思います。

保坂 隆 保坂サイコオンコロジー・クリニック院長

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ほさか たかし / Takashi Hosaka

1952年、山梨県生まれ。慶應義塾大学医学部卒業後、同大学医学部精神神経科入局。東海大学医学部教授、聖路加国際病院リエゾンセンター長・精神腫瘍科部長、聖路加国際大学臨床教授を経て、現職。著書に『精神科医が教える50歳からの人生を楽しむ老後術』『精神科医が教える50歳からのお金がなくても平気な老後術』『精神科医が教える60歳からの人生を楽しむ孤独力』『精神科医が教える すりへらない心のつくり方』などがある。

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