最終回・対話の現場/わかりあえない時代になぜ対話が必要なのか

絶対に許せない部分は許せない部分として留保しつつ、許せる部分でコミュニケーションを維持するのが、対話的な発想である。

つねに相手を受け入れる必要はない。だが、つねに相手を受け止めるのが対話なのだ。そうすることによって、多様な発想が交流し、そこから新たな発想が生まれるのだ──。

だが、こういった考え方に対しては批判も多い。絶対に許せない相手は、絶対に許せないのであって、「許せる部分」なんて見つからないし、見つけたくもない。それが現実だというのである。

多様な発想の交流から新たな発想が生まれるというが、本当に合意形成できるのか。永遠のおしゃべりに興じるだけで、何も決まらないのではないか。結局は多数決で決めたり、権力者が決めたりするのなら、そもそも対話なんて必要ない──。

確かに、現実はそうかもしれない。対話の理想を実現することは不可能なのかもしれない。だが、それでもなお、対話は必要だと考える。

社会が多様化するとき、さまざまな問題が起こる。問題を避けるには、多様性を「隔離」してしまうのが現実的かもしれない。

だが、永遠に隔離することができるのか。できたとしても、本当にそれでいいのか。そこに対話的発想がなければ、永遠に歩み寄りもないだろう。

また、最終的には多数決で決めるにしても、そこに至るプロセスは対話的であるべきだろう。「数の論理」を絶対化すると、話し合いは単なる儀式になってしまう。多様な発想が存在することを明らかにしつつ、より多くの発想を踏まえて、よりよい解決策を模索する。この対話プロセスがあって、初めて多数決は正統化されるのではないか。
学校から社会へと対話者を受け渡す

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