そのうえでビジネスモデルの違いがあるだろう。これも考えてみれば当たり前だが、社員1人でサービスや成果物が完結するモデルと、チームや組織単位で協力するモデルがある。
個人コンサルタントの集まりのような会社であれば、コロナ禍をきっかけにしたリモート技術発展の恩恵を受ける。同僚とは事務連絡程度であれば、リモートを廃止する必然性もない。実際に、他者からのノイズがなくなるので生産性は向上するだろう。
逆にラーメン屋ならばリモート出社という概念はそもそもない。またチームで何かを創造する場合はリモートだけではなくリアルな職場で意見交換するほうが、創発が生じるだろう。
リアルのほうが意味のない会話が増えるため、ふとしたきっかけから意外な情報のやりとりがなされる。リアルのほうが、同僚の雰囲気や様子なども常に見られるし、働く様子を傍目で見ることで思考パターンなども伝達できる。
たとえば国家間の外交はなぜリアルなのだろうか。実際に会って握手をする必要があるのはなぜか。外務大臣やらトップなど、もっとも時間的費用が高い要人が、あれだけの莫大な時間を費やして移動するのはなぜか。それは仲良くなるからだ。そして仲良くなることに価値があるからだ。
リアルで会ったほうが圧倒的に心理的な距離は近くなる。さらにウェブよりも実際に会ったほうが打ち解けた経験は誰にでもあるに違いない。また、仲良くなるほど、意見交換が活発になる。それは国家間の将来を形作るものかもしれない。また企業間、メンバー間でも仕事が進めやすくなる。
話を変えるようだが「効率的な恋人関係」というのは想像できない。おなじく「効率的な親子関係」というのも想像できない。家族は同じ場所に集って、喜怒哀楽も苦しみも一緒に経験する非効率さを経験する。一体感を得るためには、ある種の非効率さ=リアルが重要だ。他者と仲良くなる必要があるかが、リアルかリモートの使い分けを生む。
また他者へのコミュニケーションは必要以上に伝えないと伝わらないものだ。メールやコミュニケーションツールで100回「ありがとう」と書くより、感情を込めて握手しながら「ありがとう」と言う方が伝わる。感情を乗せるならリアルが圧勝だろう。
管理者への要望
これまでの論を前提に話す。それでもなお、単なる情報伝達会や定例会などで(社内外の人々に)出社を依頼する管理者がいる。定例会で感情のぶつかりは必要ない。
こういうときはリモートでいいし、出社させるのであれば、どれくらい意味があるかを管理者は意識するべきではないだろうか。
メルカリのニュースから語り始めた、今回のコラム。ぜひ全職場で、自分たちの目標に合ったリアルとリモートの使い分けが議論されればと期待したい。
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