ネアンデルタール人の謎、こうやって解いた 地道な努力で逆転!分子古生物学者の一代記

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ネアンデルタール人の骨格の復元(左)と、現代人の骨(右) ©Ken Mowbray, Blaine Maley, Ian Tattersall, Gary Sawyer, American Museum of Natural History.

となると次に興味が湧くのが、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人の男女関係だ。ホモ・サピエンスとネアンデルタール人の体格は、ほぼ同じである。ネアンデルタール人のほうがガッシリしている分、体重はありそうだが、交配ができないほどの違いではない。ネアンデルタール人はヨーロッパという寒いところに適応したヒト族なので、おそらく色白だっただろう。ネアンデルタール人は、私たちから見ても、それなりに魅力的だったのだろうか。また逆に、ネアンデルタール人から見て、私たちはどういう存在だったのだろう。自分たちよりちょっと華奢で、ちょっと色黒で、上手に石器を作る手先の器用な人類といったところだろうか。本当にそんな両者が、交配することがあったのだろうか。

こればかりは、いくら考えても仕方がないと思われていた。化石の形態を見てもはっきりしたことが言えない以上、これは永遠に解かれることのない謎だと考えられていたのだ。ところが、その謎が鮮やかに解けたのだ。

順風満帆ではなかった男が永遠の謎を解いた

謎を解いたのは、スウェーデン人の分子古生物学者、スヴァンテ・ペーボである。彼とその仲間たちはネアンデルタール人のゲノムを明らかにして、私たちホモ・サピエンスのゲノムの中に、ネアンデルタール人の遺伝子が入っていることを突き止めたのである。『ネアンデルタール人は私たちと交配した』(文藝春秋)は、そんな彼の自伝である。しかしこれは、自伝以上のものでもある。なぜなら、新しい分野の先頭を歩いていく研究者の人生は、その新しい分野が発展していく姿そのものでもあるからだ。

スヴァンテ・ペーボ博士 ©Frank Vinken

しかしペーボの研究生活は、順風満帆というわけではなかった。実はペーボには、若い時にエジプトのミイラのDNAを研究して失敗した、苦い経験があった。ミイラのDNAが見つかったという論文を発表したのだが、後にそのDNAは現代人のものであったことが判明したのだ。古代DNAの研究の難しさを身をもって知ったペーボは、それからは慎重になり、ナマケモノなどを対象として、地味ながらもきちんとした研究を続けていた。

ところがそれが、ペーボの新たな苦難の始まりだったのだ(ちなみに「古代DNA (Ancient DNA)」と「化石DNA (Fossil DNA)」は同じ意味だが、古代DNAの方が一般的である)。

私(更科)は、神奈川県の茅ヶ崎の近くにある私立大学で、非常勤講師をしている。もともとは短期大学だったせいか、敷地はそう広くないけれど小ぎれいで、周囲は木々の緑に囲まれている。とても気持ちのよいところで、行くのが毎週楽しみだが、駅から遠いのだけが、ちょっと不便である。最寄り駅が2つあるのだが、どちらもバスで30分近くかかる。しかもピークを外すと、バスの本数が少ないのだ。

そろそろ木枯らしが吹き始めたある日、帰ろうと思って大学構内にあるバスロータリーに行くと、そこは学生であふれかえっていた。もう夜だったのだが、何か大学でイベントでもあったのかも知れない。長蛇の列がバスロータリーからはみ出し、大学の中心につながる通路にまで伸びている。遅い時間にこんなに混むのは珍しいので、学生も驚いたのだろうか、半分喜んでキャアキャア騒いでいる。まるでお祭りのようだ。まあ私は、うるさいのは嫌いではないので、周りでキャアキャア騒いでいるのは楽しいのだが、とにかく並ばなくてはバスに乗れない。

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