ネアンデルタール人の謎、こうやって解いた

地道な努力で逆転!分子古生物学者の一代記

バスの間隔は20分から30分である。次のバスに乗るのは絶対に無理なので、乗れるのはその次か、さらにその次になるだろう。

そういう状況になると、ちょっとズルイことをする学生が現れる。

「知り合いの女の子を見つけて、入れてもらおうぜ」

そんなことを言いながら、どんどん前の方に行ってしまう学生がいる。なんで「女の子」なのかはよくわからないが、女子学生の方が頼まれると断りづらくて、入れてもらえるということなのかも知れない。たしかに寒空の下で、1時間近くも待つのはつらい。でもほとんどの学生は、ズルをする人に文句を言うでもなく、正直に並んでいる。心の中では面白くないと思っている学生もいるかも知れないが、それでも正直に並んでいる。

そんな学生を見ると、私はペーボを思い出すのだ。ペーボもやはり、バスを待って並んでいたのだ。冷たい風が吹きすさぶロータリーで、ズルをする学生に追い越されながら、正直に並んでいたのだ。それも1時間ではない。20年も並んでいたのだ。

いい加減な『ジュラシック・パーク』研究の流行

時は1990年。ペーボのグループがせいぜい1万数千年前の古代DNAを研究していた頃のことだ。ある別のグループが、衝撃的な論文を発表した。なんと約2000万年前の植物の化石からDNAを抽出し、そのDNAの塩基配列を決定したというのだ。これまでペーボが研究してきた古代DNAよりも千倍以上も古い。しかも報告されたのは820塩基対もあるDNAだ。ペーボたちが報告してきた100塩基対程度のDNAよりもはるかに長い。世界はペーボたちの研究のことなどすっかり忘れて、この植物化石の古代DNAに夢中になった。

さらにこの1990年は、『ジュラシック・パーク』という小説が出版された年でもあった。この小説では、植物の樹液が固まった琥珀の中から、蚊の化石が発見される。この蚊は恐竜の血液を吸っていたので、小説の中の研究者は、蚊の化石から恐竜のDNAを取り出すことに成功する。そして生きた恐竜を現代によみがえらせてしまうのだ。

だが、この小説は、ただの夢物語では終わらなかった。この『ジュラシック・パーク』が映画化された1992年には、本当に琥珀の中のシロアリから古代DNAが抽出されたという論文が発表されたのだ。この琥珀の中のシロアリは、約3000万年前のものだった。そしてその後も、琥珀の中の昆虫からDNAが抽出されたという報告は続き、ついには1億年前よりも古いDNAまで報告されるようになった。

だが、ペーボにはわかっていた。古代DNAを取り出すことは、とても難しい。化石の中にあるDNAのほとんどは、後の時代に混入したDNAなのだ。古代DNA専用のクリーンルームで細心の注意をはらって抽出しても、まだ不十分なのだ。さらにさまざまな工夫をして、混入しているDNAを除かなくてはならない。

しかし、数千万年前よりも古いDNAを報告している論文はみな、そういう古代DNAの抽出には必須の手続きをまったく踏んでいなかった。はっきり言って、いい加減な論文だらけだったのだ。そもそも、そんなに古いDNAが残っているはずはないのだ。そもそも、そんなに長いDNAが残っているはずもないのだ。しかし世界は、いい加減な論文が報告し続ける衝撃的な結果に沸いていた。そしてついに1994年には、恐竜のDNAが報告されることになる。8000万年前の恐竜のDNAだ。もちろんペーボは反論したが、なかなか熱狂は収まらなかった。

次ページ抜かされても抜かされても、正直にバスに並び続けた
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