しかし、もっと重要なことがある。それは「暇」が生まれたことである。これが資本主義経済を徹底的に変えたのである。家事労働から解放されて、賃金労働をするようになったが、残りの時間は「余暇」となった。
レジャー消費で儲けることが資本主義の中心に
ここにレジャーが生まれた。このレジャー消費で儲けることが資本主義経済の中心となったのである。主役は供給側の生産者、技術革新により何が生み出せるかではなく、暇を持て余した消費者が何で暇つぶしをするのかということに移ったのである。ここに消費者主導の経済が始まったのである。
これは、現代では、部分的にはよく知られている戦いである。従来ならばテレビを見る時間をネットサーフ、動画、SNSが奪い、テレビ産業が衰退しているという話が典型である。
しかし、これは20世紀の大量消費社会を貫く、最も重要な論点なのである。買い物は、必需品を買いに行くという家事としての「仕事」から、欲しいものを買うという行為であるショッピングという「レジャー」になった。だから、必要性ではなく、華やかさや魅力が消費財における最重要要素になったのである。
そして、この余剰消費は儲かる。なぜなら、予算制約もあいまいで、欲しい理由もあいまいで、実用性もあいまいだから、うまくやれば、コストをかけずに爆発的に売れるのである。大衆・群集社会においては、ブームを作れば一攫千金となり、合理的な生産者は必需品の市場からこちらのマーケットへ殺到した。
私は、これが20世紀の奇跡の経済成長、一度限りの経済の膨張の最大の理由だと考えている。歴史的に余暇の誕生は一度限りであり、それをもたらしたのが第2次産業革命なのである。第3次産業革命は、この余暇を奪い合うビジネス戦争における技術革新の戦いなのである。テレビもスマートフォンもSNSもネットショッピングも、余暇の中での消費の奪い合いの手段にすぎないのである。
これらの余暇消費を、私はエンターテインメント消費、エンタメ消費と呼んでいるが、一見、「ハレ」の消費が目立つ。ゴールデンウィークの旅行消費、華やかな結婚式と披露宴。しかし、時間のほとんどは日常である。そして、日常的に時間が余り、暇になったのである。
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