スピーチを聞いた社員の間に無言のどよめきが広がる。付加価値業務と簡単にいうが、仕事がなくなってしまうのではないか、という期待と不安の入り混じったような表情だ。わが社員たちのキャリアアップ、スキルアップにつながる様に、この取り組みを導いていかなければならない、と沢木は気が引き締まる思いで社員の顔をゆっくりと見渡していた。
一度決断してからは、成果が出るまで時間はかからなかった。2カ月でデューデリジェンス (業務詳細調査)を完了し、その3カ月後には一部業務のアウトソースをスタートした。当初の目論見通り、外部専門家による審査と、罰則の徹底、度重なる現場教育により、不正金額は、毎月20%のペースで減っていった。
その年の最終日、宣言通り、“社長賞”を出して成果を出した社員を労った。
「今天是一个公平公正的起点,启用对公司有卓越贡献者采用正确奖励措施的第一天。(今日が成果を挙げた人材に正しく報いる会社としての、第1日目です)」
すっかり板につき始めた中国語で、沢木は社員を前に高らかに宣言をした。
(物流、財務の改革にメドがつき、これで、ようやくバケツの水漏れは止まりそうだ。いよいよ、バケツに注がれる水量を増やすことに注力するタイミングだ……)
沢木は、表彰された社員に向かって拍手をしている営業本部長の楊をじっと見据えた。
“China to China”と呼ばれるBPOの増加
ここ1~2年、“China to China”と呼ばれるBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)がにわかに増えている。これはアウトソースする業務を出す側、受け入れる側のどちらも中国であることを意味する。
これまで、BPOと言えば“Japan to China”であることが多かった。要は、作業の標準化が比較的容易な間接業務を中心に、日本の高単価人材を、中国の安価な人材で置き換えることでコストダウンを図ることが目的だったのだ。
ただし、“China to China”では、従来のようなコストダウンではなく、「品質とガバナンス」が主目的となるケースが多い。実際、アクセンチュアが手がける複数の“China to China”案件でも、人件費だけで単純に比較すると、下がるどころか、むしろ上がるケースもある。(コストが上がる背景には、日系企業がローカル人材の給与レベルを抑えているのと、マルチリンガルなどスペックの高い人材を雇用しているという両面がある)
それでもこれだけ“China to China”のBPOが活況をみせている理由は、スタッフの離職率が高く、至る所に不正の余地がある中国において、業務品質の維持やガバナンスの強化は、コストが高くなっても取り組むメリットが大きいテーマであるということだ。
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