時間は夜11時を回っている。メールを読むのは明日にしようかと思ったが、妙な胸騒ぎがして文面を開いた。
「……先日来、依頼されていた経費精算伝票の監査の結果、4割がポリシールールに違反する不正請求であったことが判明しました……」
4割、という数字を見た瞬間、頭から冷や水を浴びせられた気分になった。
月々の社員の経費精算の総額は約1億円前後だったはず。その4割ということは、4000万円程度の金額が不正に流出していたと言うことだ。
なんということだ……
「有问题吗?(何か問題ありますか?)」
とマッサージ師が不思議そうにこちらを覗きこんで聞いている。
「没问题(いや、なんでもありません)」
心の中では、「有问题!(問題大ありだ!)」と何度も繰り返しながら、「明日詳しく話を聞かせてください」と沈む気持ちでメールを返した。
翌日、沢木は会議室で久保田と、本案件を担当したコンサルタントの徐と向き合っていた。
「経費不正の種類は、大きく3つに分けられます」
徐が、プロジェクターに、実際の発票(中国における領収書)を映し出しながら説明した。
「まず、定額発票に関するものです。今回、我々は税務局のホームページに番号を入力し、一つひとつ真偽を確認しました。正規の発票であれば、番号が登録されているので簡易に判定できます。その結果、2割の定額発票が、実はこの世に存在しない、つまり偽物であることが判明しました」
「定額発票ねえ……。」
沢木は、張から赴任時に受けた説明を思い出していた。最近でこそ上海など都市部では、会計金額に応じた領収書を発行してくれるが、地方では、10元から100元単位での「定額発票(中国の税務局が正式に認めている領収書)」を、会計金額分手渡してくれる。ただし、容易に偽造可能であり、実際に闇市場で売買されているのだ。中国ではタクシー運転手に100元札を渡すと、つねに光に透かして本物かどうかを確認する姿がある。わが身に、このような形で降りかかってくるとは……。
「次に、社内のポリシー違反です。たとえば、規定を超えるホテル代の請求などです」
確かに、社員から、物価上昇局面であるにも関わらず、ホテル代清算の社内ポリシーはここ10年変わっていないという不満の声は聞いていた。しかし、それでポリシーを違反してよいということにはならない。財務のチェック機能はどうなっているのか。
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