穴の開いたバケツを放置しては、せっかく稼いだ利益が知らぬ間にどんどん逸失してしまう。
小手先の注意勧告ですませるのではなく、沢木の決意にあるように、まさに不正の温床を根こそぎ一掃するような、“抜本的な対応”が必要となるのだ。
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1週間後、沢木は、星巴克(スターバックス)でひとりの若者と向き合っていた。
日本の1.5倍の価格であるにもかかわらず、店内は相変わらず若者中心にごった返している。中国の消費力の底上げをまざまざと感じる瞬間だ。
若者の名前は朱。つい1週間前まで、A社の“ホープ”と言われた優秀な営業スタッフだった。営業内部に複数の“スパイ”を持つ張が、この場をアレンジしてくれた。
「私がA社を辞めた理由は、これ以上ここでは成長できないと思ったからです。営業の現場は、いかに実績報告をごまかすか、会社から経費をだまし取るか、という後ろ向きのテクニックばかりが横行し、実際の仕事に真剣に向き合っている営業は少数派でした。そいいうカルチャーが嫌で……」
そして、朱は、周囲をうかがうように、さらに声を潜めて話した。
「ある先輩の営業が、こんなことを言っているのを聞いたことがあります……会社に嘘の経費を申請するのは“福利厚生”であり、低い給料の補填だ。なんら後ろめたい気持ちになることはない、と」
一口飲んだアイスキャラメルマキアートが、まるでブラックコーヒーのように感じられた。
転職活動中の元ホープの後姿を見送りながら、沢木は決心していた。
(……この会社の現場は思った以上に腐っている。正直者がバカをみるのではなく、正しく頑張った者が正当に評価され、報いられる会社にしないとダメだ……)
翌朝、朝礼で、沢木は全社員を前に2つの宣言をした。
「今後は経費精算の不正は許さない。ゼロになるまで徹底的に取り組む。そして、そこで減少した不正金額を、そのまま今期の臨時ボーナスに充てる。この半年で成果を出した社員で、山分けとしたい」
ニヤニヤ笑う者、引きしまった顔をする者、顔を背ける者など、社員の反応は様々だった。
「それから、今後、発注、支払い、経費精算など、“カネ回り”の業務はアウトソーシングをします。いま、そのような業務を担当している社員は、また別の付加価値業務を担当してもらいます」
それが沢木の決断だった。自浄作用を待っていては時間がかかる。よりスピーディーにガバナンスを強化するために、時間を買うことに決めたのだ。また、アウトソーシングすることで、社員の業務の見直しに取り組むいい契機になると考えた。一定数の社員の退職は不可避かもしれないが、組織風土を変えるいいチャンスであるともいえる。
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