その翌日も、光君はじつにていねいにお見舞いの手紙を送った。いつものようにちいさな結び文に、
「いはけなき鶴(たづ)の一声(ひとこゑ)聞きしより葦間(あしま)になづむ舟ぞえならぬ
(あどけない鶴の一声を聞きましてから、葦のあいだを行き悩む舟は、ただならぬ思いでおります)
いつまでも慕い続けるだけなのでしょうか」
と、わざと子どもっぽく書いてあるが、それでもやはりじつに立派なので、「このまま姫君のお手本になさいませ」と女房たちは言い合っている。
少納言から光君に返事があった。
「お見舞いいただきました尼君は、今日一日も持ちそうにない有様でございます。これから山寺に引き移るところでございます。わざわざお見舞いいただきましたお礼は、あの世からでも申し上げることになりましょう」
それを読み、光君の心はひどくざわめいた。ちょうど秋の夕暮れで、心を休めるひまもないほど恋い焦がれるあの方をいっそう思う光君は、そのゆかりの少女を無理してでも手に入れたいという気持ちも募るようである。北山の寺で、「露のような身の私は消えようにも消える空がありません」と尼君が詠んだ夕べを思い出し、あの少女を恋しくも思い、また、ともに暮らしたら期待外れもあろうかとさすがに不安にもなる。
手に摘(つ)みていつしかも見む紫の根にかよひける野辺(のべ)の若草
(この手に摘みとってみたいものだ。紫草の根とつながっている、野辺の若草を)
亡き母に先立たれた時のことを思い出し
十月には、朱雀院(すざくいん)への行幸(ぎょうこう)が予定されていた。その日の舞人には、高貴な家の子息たちや上達部(かんだちめ)、殿上人(てんじょうびと)たちなど、その方面にすぐれている人々がみな選抜された。親王(みこ)たちや大臣はそれぞれ得意な技芸を練習するのに忙しい日々を送っている。
北山の尼君にしばらく便りを出さなかったことを思い出して、光君はわざわざ使者を送ったところ、僧都の返事だけがあった。
「先月の二十日頃についに命終わるのを見届けまして、世のことわりとは申しても、やはり悲しみに暮れております」
と書かれているのを読んだ光君は、人の世のはかなさをしみじみと感じ、そして尼君が気に掛けていたあの少女はどうしているだろうと思う。幼心に一途(いちず)に尼君を恋しがっているのではなかろうかと、はっきりとは覚えていないものの、亡き母に先立たれた時のことを淡く思い出し、心をこめてお悔やみの品や手紙を送った。その都度少納言がぬかりなく立派な返事を寄越(よこ)した。
次の話を読む:御簾に手を差し入れ…暴風夜の光君の「大胆行動」
*小見出しなどはWeb掲載のために加えたものです
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