実はジェノサイド条約は、紛争下の大量虐殺の防止や処罰を定めたものであり、戦闘そのものの禁止については言及がない。早稲田大学で国際法を教える萬歳寛之教授は「ジェノサイド条約からジェノサイドの停止や処罰を求められても、(条約にない)停戦の義務までも導き出すことは難しい」と話す。
そうしたICJのもどかしさも滲む。暫定措置の判断の中でICJは、「南アフリカはジェノサイド条約に基づき本訴訟を提起したため、当裁判所に提出された本訴訟の範囲は限定的である」としている。その直前では、ガザでの即時停戦の要求を含む国連のさまざまな対応例のうち、特に総会と安全保障理事会の決議を挙げており、「停戦は国連の政治的機関で議論すべきだ、というICJの含意」(萬歳教授)と読むこともできる。
暫定措置命令の実質的効果は停戦に近い
しかし「イスラエルが暫定措置命令をすべて遵守すれば、軍事作戦を抑制する実質的効果を生む」との見方もある。西南学院大学で国際公法を教える根岸陽太准教授だ。
暫定措置命令は、次の6つの内容だ。
①ガザでのパレスチナ人殺害や加害、出産の阻害といった行為を防止するために、あらゆる措置をとること
特に②については、停戦とも受け取れる内容だ。ただ、イスラエルのネタニヤフ首相はICJの判断に対し「自国を守るという権利の否定であり、ユダヤ国家に対する差別」とのコメントを出し、ガザでの攻撃を続けている。
そもそもジェノサイド条約は、ナチス・ドイツによるユダヤ人の大量虐殺を受けてできた条約であり、国民がその歴史を共有するイスラエルがジェノサイドを行っているとの批判は「言語道断」(ネタニヤフ首相)なのだ。しかし、裁判所はいくつかのイスラエルの行為に大量虐殺の蓋然性があると判断したため、暫定措置命令を出すに至った。
まず、イスラエルがガザで多数の死者と負傷者を出し、水や食料、電気、医療や医薬品へのアクセスを奪っていることだ。またICJは、イスラエル高官による虐殺を扇動するような発言にも言及している。例えば、イスラエル国防大臣による「イスラエルは『動物のような人間』と戦っている」というようなヘイトスピーチだ。南アフリカの口頭弁論の際、法廷ではイスラエル兵らがこれらの発言を復唱する動画が流された。ジェノサイド条約第3条は、「集団殺害を犯すことの直接かつ公然の教唆」の防止と処罰を定めている。
驚くべきことに、イスラエルが選んだ「国籍裁判官」も、この扇動の防止を求める命令と、人道支援を可能にするための命令の2点に関しては賛成しているのだ。
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