ICJの裁判官はさまざまな国から選ばれており、日本人もいる。15人の裁判官の中に裁判当事国の国籍者がいない場合は、臨時的に追加することができる。イスラエルは自国籍の裁判官がいなかったため、元司法長官のアハロン・バラク氏を選んだ。
バラク氏は1936年にリトアニアで生まれたユダヤ人で、ナチス・ドイツによるホロコーストの生存者だ。そのバラク氏が「イスラエルが行っていることはジェノサイドではない」との理由で暫定措置命令6つのうち4つに反対している点は、イスラエル政府と同様の立場に見える。
一方バラク氏は、緊張の緩和や人道法の観点から、虐殺の扇動防止と、人道支援に関する2つの裁判所の命令に賛成し、イスラエルの行動を抑制しようとしている。萬歳教授は、「イスラエルは軍事強硬派一色ではなく、こういう人をICJに送り込む、多様性もある社会であるということに留意しなければならない」と話す。
裁判所の命令によれば、ガザでの人道支援を阻害することも、ジェノサイドへの加担になると言える。命令の出た翌日の27日、日本の上川陽子外務相は「誠実に履行されるべきもの」と、裁判所の命令を支持する声明を発表した。
しかしその翌28日、日本政府は矛盾する行動をとった。ガザ最大の人道支援機関であるUNRWA(国際連合パレスチナ難民救済事業機関)の職員が、昨年10月7日のハマスによるイスラエルへの攻撃に関与したという疑惑から、UNRWAへの資金拠出停止を表明したのだ。
UNRWAは、ガザの人口200万人のうち3万人を雇用する、いわば「地元の一大企業」だ。それだけでなく、55万人の子どもたちが通う702校の学校の運営や、予防接種や妊産婦検診などの提供、生活困窮者へのセーフティネット支援、起業家向けの融資サービスなど、生活に必要なあらゆる役割を担っている。
国連は現在疑惑の調査を進めているが、日本やアメリカ、ドイツなど主要な拠出国が支援を停止していることから、UNRWAは2月中にも必要な資金を手当てできなくなる見込みだという。弁護士で、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウの副理事長を務める伊藤和子氏は「UNRWAへの資金拠出停止は、経済的なジェノサイドとも言える。絶対にすべきではない」と話す。
南アフリカが声を上げた理由
なぜ今回、南アフリカがイスラエルを提訴したのか。
実はパレスチナと南アフリカには、共通の歴史がある。「入植してきた白人が、現地に住んでいる人々に徹底的な差別を行い、自己決定権を奪ってきた」という人種差別主義(アパルトヘイト)の歴史だ。南アフリカは廃止を勝ち取ったが、パレスチナでは続いているという認識をしていた。長年にわたってパレスチナを支持し、イスラエルとは独自に交渉を続けていた中での提訴だったのだ。
さらに、ICJに提訴する資格があるのは国連加盟国と定められている。そのため、正式に国家として認められていないパレスチナの提訴が認められるかは、明確ではなかった。その意味で、第三者である南アフリカの提訴は、パレスチナにとって画期的なものだった。
今回の裁判でイスラエルが「欠席裁判」を選択せず、出席した意味も大きい。「ヒートアップしがちな紛争当事国に、法的解釈から行動を見直す機会を与えることができる」(萬歳教授)からだ。今後も裁判は続く。イスラエルを孤立させず、裁判を含む国際秩序の中で、ガザでの人道危機を低減させる努力も重要となる。
ICJは2004年にも、イスラエルによる分離壁建設を「国際法違反」と判断し、占領地での国際人道法遵守を求める勧告的意見を出している。さらに遡れば、1960年代頃までは国連安保理が、イスラエルに占領地から撤退するよう求める決議を採択している。しかしこれらはイスラエルにも、国際社会にも放置され、違法状態が常態化していた。
昨年10月のハマスの襲撃は、長年にわたって国際社会がパレスチナでの国際法違反や人権侵害を放置してきた中で起こったものでもある。一刻も早い停戦を実現するだけでなく、その先でパレスチナ情勢の具体的な改善を実現できるかが問われている。
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