それから長い時間をかけて、こう思うようになりました。
「きちんとしなければ」「人に貢献したい」とがんばってきたけれど、その前に自分をしっかり見て、いたわることが大事なのではないか。
そして、自分の気持ちをないがしろにせず受け止めながら、他者とつながっていくことが、自分を愛するということではないか。
それから、生徒への対応も少しずつ変わっていきました。
自分の弱さを出してもいい
自分の弱さを出してもいい。教員として生徒と一線を引くのではなく、気を楽にして、お互い人間対人間としてかかわりを持とう。そう思えるようになったのです。
もちろん、さすがに指摘を受けたそのときは落ち込みました。
でもしばらくして、ふと「そうか、私は今そんな状態なんだな」と思ったのです。今の自分を受け入れようと感じた瞬間でした。
そのとき、少し変化が生まれたような気がします。
ただ、そこで止まってはダメなのだということもわかりました。厳しい指摘を受け入れた上で、変化していかなければ進歩はないのだと。
だから少しずつ、人の目を気にして着ていた鎧を脱ぐことを意識しました。そして、自分のやりたいこと、言いたいことはなんだろうと考えながら、行動するようにしたのです。
今も、試行錯誤は続いています。しかし歳を重ねた今、その積み重ねが知らず知らずのうちに、自分を解き放ってきたのだと実感しています。
原動力のひとつとなったのが、若かりし日、痛みとともに受け止めた言葉です。
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