備えと合わせて「台湾有事」をやらせない努力を 『安全保障の戦後政治史』著者・塩田潮氏が解説

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現実的なテーマとなるのは、アメリカが台湾防衛のために在日米軍基地から直接、出動することを決めるケースである。日本が攻撃を受けていないのに、在日米軍基地を使ってアメリカが第三国の支援に行くには、安保条約第6条によって、日本政府の同意が必要だ。

日本はそれを認めるかどうかという重い選択を背負う。認めれば、日本はアメリカと一緒に戦う国となる。中国は当然、敵国と見なす。認めないと決めると、安保条約に基づく日米同盟関係が崩壊の危機に直面する。極めて厳しい局面に立たされる。

ほかにも、有事発生時の問題点として、台湾在住の邦人や外国人の保護や救出・避難活動、台湾支援のための武器や装備、生活物資などの輸送、台湾の通信情報網の切断を狙う中国側の海底ケーブル破壊工作に対する通信網保護の協力対策など、隣国の同盟国の日本が担うべき役割は数多いが、いずれの問題も、事前の準備対応は万全とはいえない。

「やめろ」の各国連携の声が抑止力に

「備えあれば憂えなし」の格言もあるが、「完璧な備え」を最優先させれば、軍拡競争という悪循環のわなに陥る危険性もある。

幸運にも、日本は戦後、アメリカ依存で「平和主義・軽軍備」路線を享受してきたが、安全保障環境が激変した現在、発想の転換は不可避だろう。目指すべき「備え」は「完璧な備え」ではなく、「普通の国」の安全保障の水準と従来の「軽軍備」路線のレベルとのすき間を埋める努力である。

併せてもう一つ、見逃すことができない視点を挙げたい。「備え」も必要だが、何よりも重要な対応策は、台湾有事を起こさせないことだ。そのための外交、対中経済、文化交流などを含めた平時の丹念な取り組みも欠かせない。

戦狼外交を駆使して膨張路線を邁進する覇権国家の中国が「台湾統一」を叫び続けるのは、実はスローガンとは裏腹に、世界での孤立、危うい国内統治力、衰弱が目立ち始めた経済など、構造的欠陥を取り繕うための内向けのポーズでは、という指摘も根強い。

習体制の中国にその自覚があるなら、「ばかなまねはやめろ」と各国が連帯して言い続けることは、案外、大きな抑止力となるのでは、と思う。

塩田 潮 ノンフィクション作家、ジャーナリスト

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しおた うしお / Ushio Shiota

1946年、高知県生まれ。慶応義塾大学法学部政治学科を卒業。
第1作『霞が関が震えた日』で第5回講談社ノンフィクション賞を受賞。著書は他に『大いなる影法師―代議士秘書の野望と挫折』『「昭和の教祖」安岡正篤』『岸信介』『金融崩壊―昭和経済恐慌からのメッセージ』『郵政最終戦争』『田中角栄失脚』『安倍晋三の力量』『危機の政権』『新版 民主党の研究』『憲法政戦』『権力の握り方』『復活!自民党の謎』『東京は燃えたか―東京オリンピックと黄金の1960年代』『内閣総理大臣の日本経済』など多数。

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