一方、栗原さんは、「デビュー30周年」という、広瀬さんにとって転機となるタイミングを見逃していなかった。
「広瀬さんが独立されてすぐ、まだ何も無かった事務所にうかがったのがちょうど5年前。そのとき、広瀬さんは『これから新しいことをやっていきたい』とおっしゃられていました。それ以来、『YouTubeをやったほうがいいですよ』『こんな人とコラボしてみませんか』と、いろいろ提案しながら、ぼくだからこそできることは何だろうと、ずっと考えていました。
その後も、何度かコンサートにうかがったり直接お会いしたりしているうちに、うっすらと企画のイメージができてきました。そして、30周年のコンサートを終えられた広瀬さんと楽屋で直接話したとき、やるなら今しかない!と思って、一気に企画をまとめ上げました」
歌手としてのデビュー30周年を経て、「新たなステージ」に踏み出そうとしていた広瀬さん、音楽プロデューサーとしての「広瀬香美の第2のデビュー」をプロデュースしたいと考えた栗原さん。まるで太陽と月が重なるように、2つの才能がクロスオーバーすることによって、かつてないプロジェクトが動き出した。
1対1の真剣勝負
これまで歌手として「審査される側」だった広瀬さんは、今回プロデューサーとして「審査する側」になった。逆の立場に立った心境は、いったいどのようなものだったのだろうか。すべてのオーディションを終えた直後の広瀬さんに聞いた。
「もう、くったくたです。たくさんの歌姫候補の本気を受け止めるのは、並大抵なことではないと思いました。お互い真剣勝負なので、なりふり構わず全力投球で取り組んだら、足はつるわ、胃は痛いわで疲労困憊。それに、あのとき、あの子に悪いことを言ってしまったんじゃないかと後から落ち込むわで、そりゃあもう、たいへんでした」
歌手としては百戦錬磨の広瀬さんも、本格的な音楽プロデューサーの仕事は初めてであり、終わったときには満身創痍だったという。
「自分の新人の頃を思い出し、初心に戻ることができました。逆に、プロデューサーとしては手探りだったうえに、つねにカメラで撮られているとなると、失言したらいけないとか、余裕がなくて繕うこともできず、自分を丸裸にされた気持ちでした。
将来歌姫が有名になって、この映像を振り返ることになったら、デビュー曲のプロモーションビデオを見るのと同じくらい恥ずかしいんだろうなと思います(笑)」
無料会員登録はこちら
ログインはこちら