「10代から変わらない」師匠語る藤井聡太の本性 いかにして平常心を保ちながら対戦するのか

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相手ではなく、ゴールだけを見る人は、急に儲けたり自分の名が売れてきたりすると、自信過剰になってしまうことがあります。平常心がかき乱されてしまうのでしょう。自分であって自分でない状態です。ただ、藤井の場合、どうやら本当に名誉欲はおろか物欲もありません。

だから10代の頃とまったく態度が変わらないのです。立ち居振る舞いも変わりません。 恥ずかしながら私の場合、当時は準タイトル戦の位置づけにあった、「朝日オープン将棋選手権」5番勝負(2001年度)では優勝賞金額(公表2000万円)に振り回されてしまいました。

「優勝したら賞金で何を買おうか……」などと勝った後のことが頭をよぎってしまい、これでは勝てるはずもありません。1勝3敗で敗れたのもある意味当然の結果でした。

藤井聡太は「歩みを止めないうさぎ」

違う意味で2020年の藤井との第33期竜王戦3組ランキング戦決勝は忘れられません。この決勝戦、藤井を目の前にして感じたのは彼の平常心です。

藤井聡太は、こう考える
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私は藤井に勝つことだけを考えていましたが、逆に藤井は私ではなく、目の前の盤面で 最善を尽くすことに終始していました。対局前から、きっとそうだろうとわかってはいましたが、至近距離で盤を挟んでそれがはっきり伝わりました。

「うさぎと亀」の寓話を知っている方も多いでしょう。

うさぎは競走相手である亀ばかりを見て、大差がついたことで、途中で寝てしまい、最終 的に競走に負けてしまいます。亀はゴールだけを見て、ゆっくりと進み続けます。相手を 意識するのではなく、何を目指しているのかを見ることが何よりも重要であることを教えてくれる寓話です。

藤井が対戦相手を意識しないのは、目指しているゴールが他にあるからなのです。たとえるなら、藤井は決して歩みを止めないうさぎです。

仕事、スポーツ、あらゆる場面において、勝負の場面があります。その時は、目の前の 相手を意識するよりも、その勝負を通過点として、最終的に目指したい目的は何か、一度考えてみてはいかがでしょうか。

杉本 昌隆 プロ棋士/八段

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すぎもと まさたか / Masataka Sugimoto

1968年11月13日、愛知県名古屋市生まれ。振り飛車党。1980年、故・板谷進九段に入門。1990年、プロデビュー。2019年、八段昇段。同年、B級2組に復帰し、2022年、将棋栄誉賞受賞。門下に藤井聡太七冠、室田伊緒女流二段ら。『弟子・藤井聡太の学び方』(PHP文庫)など著書多数。

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