そうこうしている間に、家康は新たに拠点とした江戸の整備を着実に進めた。埋め立てや運河の開削などの大土木事業を適切、かつ迅速に行っている。
急な国替えは、家康の勢いをおそれた秀吉の策略だった……という見方がなされてきたが、その一方で、江戸が水運・海運・陸運の要衝だと見抜いた秀吉が、期待をもって家康に関東を任せた……ともいわれている。
左遷か、栄転か――。読めない秀吉の腹を探ったところで、やるべきことは何も変わらない。状況を受け入れたら、後は動くのみだ。国替えに伴う迅速な引っ越しをみて、秀吉は「いまに始まったことではないが、家康の指図は迅速である」(『徳川実紀』)と感心したという。
秀吉亡き後にどのように振る舞うべきか
結局、明や朝鮮の征服は叶わず、1598年にピリオドが打たれることとなる。その年に、秀吉が病死したため、プロジェクト自体が立ち消えとなった。
秀吉亡きあとの世で、どのように振る舞うべきだろうか――。もはや自分を従わせる相手はいない。家康は豊臣政権内において、これまでとはまたまったく違う「対応力」を見せるのであった。
【参考文献】
大久保彦左衛門、小林賢章訳『現代語訳 三河物語』(ちくま学芸文庫)
大石学、小宮山敏和、野口朋隆、佐藤宏之編『家康公伝〈1〉~〈5〉現代語訳徳川実紀』(吉川弘文館)
宇野鎭夫訳『松平氏由緒書 : 松平太郎左衛門家口伝』(松平親氏公顕彰会)
平野明夫『三河 松平一族』(新人物往来社)
所理喜夫『徳川将軍権力の構造』(吉川弘文館)
本多隆成『定本 徳川家康』(吉川弘文館)
笠谷和比古『徳川家康 われ一人腹を切て、万民を助くべし』 (ミネルヴァ書房)
平山優『新説 家康と三方原合戦』 (NHK出版新書)
河合敦『徳川家康と9つの危機』 (PHP新書)
二木謙一『徳川家康』(ちくま新書)
日本史史料研究会監修、平野明夫編『家康研究の最前線』(歴史新書y)
菊地浩之『徳川家臣団の謎』(角川選書)
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